2008-01-01から1年間の記事一覧
大正13年、高畠華宵(36歳)と講談社との間で画料問題がこじれ、いわゆる「華宵事件」が起こる。その後華宵は講談社の雑誌への執筆を断り、「日本少年」(実業之日本社)に執筆を開始。多くの少年読者が華宵目当てに「少年倶楽部」から 「日本少年」へと移っ…
1926年に改造社が募集した『現代日本文学全集』(63巻,菊判)は,約23万セットという予約をとった。新潮社の『世界文学全集』の第1回配本である『レ=ミゼラブル』は50万部を超えたという。平凡社刊行の『現代大衆文学全集』は25万部の予約を獲得した。江戸川…
挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 新聞縮刷版の多くは1年分とか数十年分とかで販売されていることが多く、高いものでは数百万円の値がついているので、驚かされる。…
個人の装丁展としては、私が知る限りでは最大規模の展示会だ。総数1600点だったとおもう。壁面には本棚の映像が映し出され、一点ずつ取り出して、装丁の画像を見せてくれる。 デジタル化されてしまった今では殆ど観られなくなってしまった版下や下絵、校正刷…
白根山 山頂の火口に出来た湖、駐車場からは15分ほどの登山でしかないが、硫黄のにおいがしていて、息が切れた。 白根山 下り坂のカーブを運転していると、雲海に飛び込んでしまいたくなるような誘惑に誘われる。絶景といっても好い。遠景の高い山が写真には…
装画:玉井徳太郎、大佛次郎『鞍馬天狗』(河出書房、昭和29年)函。 挿絵:佐多芳郎、大佛次郎『鞍馬天狗』(河出書房、昭和29年) 装画:山下秀男、いいだもも『帰ってきた鞍馬天狗』(現代書林、1979年) 山下秀男さんは、現在は九州の某大学の教授になっ…
「『鬼面の老女』は博文館から出ていた雑誌『ポケット』に読み切りの短編として書いた。私がまげ物の小説を書いたのは、これが二度目で、その前はポオの『ウィリアム・ウィルソン』の翻案だったから、二作目のこの方が処女作と言ってもよい。一度だけでやめ…
「『鞍馬天狗』は関東大震災が原因となって誕生した。つまりそれをきっかけに外務省とも縁を切った大佛次郎が、糧道をつけるためにマゲモノを書いたのが「隼の言辞」、つづいて「鬼面の老女」だったわけだが、鞍馬天狗の名前はもちろん謡曲の『鞍馬天狗』か…
伊藤彦造、ペーター佐藤、横尾忠則、井川洗崖、古家苔軒、村上豊、鰭崎英朋、岩田専太郎、小田富彌、斉藤五百枝、斉藤五百枝、合計11人の描いた挿絵ですが、こうして一同に並べてみるとなかなか荘厳ですね。 装画:伊藤彦造、大佛次郎『鞍馬天狗 角兵衛獅子…
「こうして、飛ぶんだよ」 「もうこれ以上、低くできないぞ!」 「あっ、飛べたぁ〜!!」 兄や姉の遊びの仲間入りが出来た記念的な瞬間です。
オブジェ制作:大貫伸樹 一番右のオブシェは、既に表紙に使われましたが、中央と左のオブジェはこれから登場する予定のものです。中央のオブジェの高さは約60センチくらいです。これを10日に1体ほど、毎号創って、撮影してデザインするんですから、結構大変…
「鞍馬天狗」は博文館の講談雑誌「ポケット」大正13年5月号に雑誌の「心棒」として《幕末秘史・怪傑「鞍馬天狗」──第1話・鬼面の老女》と、特別の待遇を受けて始まり、15年12月号まで連載された。その後、さまざまなところに連載を続け、最終的には昭和40年1…
挿絵:岩田専太郎、横溝正史『夜光蟲』より 上記の絵は、「見出しカットでありまして、この場合直ぐに氣のつく點は文字を畫の一部分として扱ってあることであります。表題の夜光蟲といふ文字及び作者の名等を畫に溶けるやうに構圖しまして、文字もわざと多少…
挿絵:岩田専太郎 「極端な遠近法を畫面に用ひまして不自然なくらゐに下の方を小さく、上の方を大きくしてありますのは、探偵小説としての怪奇的の気分を出させる為めであります。この場合、左右の線も勿論別に意味はありません。構圖の必要だけに考えへたの…
「岩田 ……純粋な繪は皆に喜ばれなくてもいゝ。少数の人にだけ分つて貰つても……。 小林 純粋の絵は段々皆から離れていくといふ傾向がある。これも皆に喜ばれゝば喜ばれる程いゝのでせうけれども、喜ばれなくてもいゝのだ。 岩田 それが挿絵の場合だけは皆に喜…
装画:武井武雄、吉田一穂『海の人形』(学芸書林、昭和51年) もしかして、来年、イルフ美術館へ取材に行くことになるかも知れないので、それまでに武井武雄のことを少し勉強しておこうとして購入した。
挿絵:不明、伊藤英潮『宮本武蔵』(昭和25年、椿書店) 昔の印刷の特徴ともいえる版ずれが、見事に決まっている。今ではこんな印刷物を探そうににも見つからない。この本は講談本と呼ばれるもので、大正時代頃の小説本にはよくあった。つまり、講談師が話し…
美篶堂は、JRお茶の水駅のホームから神田川を眺めるようにして、地下鉄丸ノ内線が川の上に姿を現し一瞬だけ走るのをみつけ、更に湯島の聖堂の緑がある方向に目を向けると、もう、あなたの視界に入っているはず。そう、向こう岸の川べりにある左から三番目の…
果たして、与えられた文章で、さし絵が描けるのかどうか。この第1回目の全文が挿絵家に伝えられているとも限らないが、早速この侍が登場するシーンを本文から引用してみよう。 「その若い浪人者は、大門の脇に立ってこの雑踏を眺めてゐた。他にも道の脇へ出…
さし絵:岩田専太郎「日輪」(大阪毎日新聞、大正15年) 新聞三段抜きのイラスト(ハガキより2.5cm小さい)は最近の新聞さし絵に比べてかなり大きい感じがする。今の新聞小説は確か2段抜きだったとおもうので、天地サイズは昔の方が一段分大きい。それだけさ…
それから喧嘩のときは「三方からげ」をする。三方で尻をからげる、それがヤクザの出入りの決まりやったらしい。そういうことを大阪新聞の編集長だった行友李風から教えてもろうたんです。──この新聞には一時、北野先生も私も入社しておったんですよ。」(『…
新聞小説の登場人物のイメージは誰が確定するのか、以前から興味があった。服装や人相、背丈、太っているのか痩せているのか、着物の柄はどんなのが良いのか、などなど。絵を描くとなると決めなければならないことがたくさんあるはず。 新聞小説の場合はいき…
小田富彌は「左膳が布団をかぶって寝てる絵です。あれを描いた時は、仰山抗議の手紙が来ましたよ。五百何十と来た。よく見て下さい。丹下左膳に腕が二本。うっかりしとったんですな。読者はよう見てますよ。」(『名作挿絵全集2』平凡社、1980年)と、当時を…
編集:長谷川泉・武田勝彦『現代新聞小説事典』(「解釈と鑑賞」付録、昭和52年) 本田庸夫『新聞小説の誕生』(平凡社、1998年) 『文学 新聞小説』(岩波書店、昭和29年) 毎日更新しているとネタ切れしてしまうので、ブログで遊ぶにしてもこのくらいは読…
かつて入れ込んでいた、アールデコ風に同じポーズの女性が揃ってシャボン玉を飛ばしているところです。2ヶ月ほどさぼっていたら、大部腕が鈍って、細かな細工にやたら時間がかかってしまいました。シャボン玉の輪は特に大変でした。 私が小学生の頃はシャボ…
読み始めたら、どうも文字が小さくて読みづらい。計ってみたらなんと、本文11級、行間18送り、って注釈や出典じゃないんだから、もっと大きな文字で、せめて12級20送りくらいで組んでくれ。おじさんにはつらすぎる。まして電車の中では読めないよ。パニパニ…
内容は全く判らずネットで購入したのだが、『昭和挿絵傑作選 大衆小説篇』には岩田専太郎、小田富彌、志村立美、小林秀恒、小村雪岱の絵が掲載されている。『昭和挿絵傑作選 少年少女篇』には、山口将吉郎、伊藤彦造、樺島勝一、高場宅華宵、蕗谷虹児、加藤…
さらに八木昇の説を拝読させていただこう。 「大衆文芸が固有の位置を主張し、万人の等しく認めるところとなったのは、白井喬二の雄篇、『富士に立つ影』(大正十三〜昭二)によってである。大衆文芸の成立は、この作品が登場するに及んで決定的となった。満…
「大正末年に、新しい読物である『大衆文芸』が興隆して江湖の迎え入れるところとなった。大衆文芸の源流は江戸の庶民文化に求められるが、御承知の通り、江戸文芸=大衆文芸のこの世界は“本文”とそれを助け、あるいは補う“絵”(挿絵)の二要素の融合によっ…