2008-01-01から1年間の記事一覧

挿絵:伊東深水、武者小路実篤『母と子』(東京朝日新聞、昭和2年4月)

大正13年、高畠華宵(36歳)と講談社との間で画料問題がこじれ、いわゆる「華宵事件」が起こる。その後華宵は講談社の雑誌への執筆を断り、「日本少年」(実業之日本社)に執筆を開始。多くの少年読者が華宵目当てに「少年倶楽部」から 「日本少年」へと移っ…

折角購入した東京朝日新聞縮刷版なので、もう少し眺めてみよう。昭和初期に1冊1円の全集が爆発的に売れて、全集の大ブームを作った。その火付け役になったのが、改造社が刊行した『現代日本文学全集』で、これはその新聞広告だ。その後、続々と刊行された全集も新聞紙面を使った広告を打ち、派手な広告合戦が展開され、出版史上をにぎわした。

1926年に改造社が募集した『現代日本文学全集』(63巻,菊判)は,約23万セットという予約をとった。新潮社の『世界文学全集』の第1回配本である『レ=ミゼラブル』は50万部を超えたという。平凡社刊行の『現代大衆文学全集』は25万部の予約を獲得した。江戸川…

今までは、新聞小説の部分だけを切り抜いたスクラップ帖などを集めていたが、新聞小説の挿絵を集めるなら、新聞の縮刷版を入手すればいいのではないかと思い立ち、早速数冊購入してみた。今回入手した「東京朝日新聞縮刷版第94号」(昭和2年4月号)には、挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」第42回〜67回と、挿絵:伊東深水、武者小路実篤「母と子」第39回〜67回が掲載されていた。

挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 挿絵:小田富彌、木村毅「島原美少年録」 新聞縮刷版の多くは1年分とか数十年分とかで販売されていることが多く、高いものでは数百万円の値がついているので、驚かされる。…

武蔵野美術大学資料図書館(小平市小川町1-736)で開催されている、描き文字装丁家として知られる田村義也の装丁展「背文字が呼んでいる」を観てきた。前期2008年8月4日〜23日、後期2008年9月8日〜20日。休刊日=日曜日。入場料無料、(撮影は禁止だが、今回は特別に許可を頂き撮影してきた。盗撮ではありません)

個人の装丁展としては、私が知る限りでは最大規模の展示会だ。総数1600点だったとおもう。壁面には本棚の映像が映し出され、一点ずつ取り出して、装丁の画像を見せてくれる。 デジタル化されてしまった今では殆ど観られなくなってしまった版下や下絵、校正刷…

盆休みを利用して白根山、草津温泉、伊香保夢二美術館、榛名湖を1泊してドライブしてきました。

白根山 山頂の火口に出来た湖、駐車場からは15分ほどの登山でしかないが、硫黄のにおいがしていて、息が切れた。 白根山 下り坂のカーブを運転していると、雲海に飛び込んでしまいたくなるような誘惑に誘われる。絶景といっても好い。遠景の高い山が写真には…

前回あれだけ掲載したのに、鞍馬天狗の絵はまだまだある。今回もバラエティにとんでいて、眺めているだけでも十分に楽しい。所有するともっと楽しい。

装画:玉井徳太郎、大佛次郎『鞍馬天狗』(河出書房、昭和29年)函。 挿絵:佐多芳郎、大佛次郎『鞍馬天狗』(河出書房、昭和29年) 装画:山下秀男、いいだもも『帰ってきた鞍馬天狗』(現代書林、1979年) 山下秀男さんは、現在は九州の某大学の教授になっ…

大佛次郎自身も『鞍馬天狗 第十巻』(中央公論社、昭和44年)「あとがき」に鞍馬天狗誕生話をこのようにつづっている。

「『鬼面の老女』は博文館から出ていた雑誌『ポケット』に読み切りの短編として書いた。私がまげ物の小説を書いたのは、これが二度目で、その前はポオの『ウィリアム・ウィルソン』の翻案だったから、二作目のこの方が処女作と言ってもよい。一度だけでやめ…

「鞍馬天狗」は大正13年に『ポケット』(博文館)へ「鬼面の老女」を発表していらい、「鞍馬天狗 地獄太平記」まで、長短合わせて37本もの天狗がある。

「『鞍馬天狗』は関東大震災が原因となって誕生した。つまりそれをきっかけに外務省とも縁を切った大佛次郎が、糧道をつけるためにマゲモノを書いたのが「隼の言辞」、つづいて「鬼面の老女」だったわけだが、鞍馬天狗の名前はもちろん謡曲の『鞍馬天狗』か…

長年にわたって書かれてきた鞍馬天狗だけあって、多くの挿絵家たちが、それぞれの鞍馬天狗を描いている。

伊藤彦造、ペーター佐藤、横尾忠則、井川洗崖、古家苔軒、村上豊、鰭崎英朋、岩田専太郎、小田富彌、斉藤五百枝、斉藤五百枝、合計11人の描いた挿絵ですが、こうして一同に並べてみるとなかなか荘厳ですね。 装画:伊藤彦造、大佛次郎『鞍馬天狗 角兵衛獅子…

オブジェ制作:大貫伸樹「仲間入り」

「こうして、飛ぶんだよ」 「もうこれ以上、低くできないぞ!」 「あっ、飛べたぁ〜!!」 兄や姉の遊びの仲間入りが出来た記念的な瞬間です。

年間30冊の表紙に使われている小枝を使ったオブジェが、判例タイムズ社のショウウインドウに飾られています。

オブジェ制作:大貫伸樹 一番右のオブシェは、既に表紙に使われましたが、中央と左のオブジェはこれから登場する予定のものです。中央のオブジェの高さは約60センチくらいです。これを10日に1体ほど、毎号創って、撮影してデザインするんですから、結構大変…

挿絵のはなしを書こうとして、鞍馬天狗を集めていましたが、村上光彦『大佛次郎─その精神の冒険』(朝日選書92、1977年)を読んで、その内容の深さを知り、とうとう全巻読んでみたくなってしまった。

「鞍馬天狗」は博文館の講談雑誌「ポケット」大正13年5月号に雑誌の「心棒」として《幕末秘史・怪傑「鞍馬天狗」──第1話・鬼面の老女》と、特別の待遇を受けて始まり、15年12月号まで連載された。その後、さまざまなところに連載を続け、最終的には昭和40年1…

岩田専太郎自らが描いた、横溝正史『夜光蟲』を例にとって、挿絵の描き方の極意を解説している。

挿絵:岩田専太郎、横溝正史『夜光蟲』より 上記の絵は、「見出しカットでありまして、この場合直ぐに氣のつく點は文字を畫の一部分として扱ってあることであります。表題の夜光蟲といふ文字及び作者の名等を畫に溶けるやうに構圖しまして、文字もわざと多少…

岩田専太郎といえば、時代小説の挿絵や美人画を思い浮かべるが、これも岩田専太郎だ。

挿絵:岩田専太郎 「極端な遠近法を畫面に用ひまして不自然なくらゐに下の方を小さく、上の方を大きくしてありますのは、探偵小説としての怪奇的の気分を出させる為めであります。この場合、左右の線も勿論別に意味はありません。構圖の必要だけに考えへたの…

岩田専太郎がアールヌーボーの影響を受けているという話は有名だが、この絵は正にアールヌーボーそのものだね。時代小説とアールヌーボーという組み合わせはすごく斬新ですね。

岩田専太郎編『挿絵の描き方』(新潮社、昭和16年)に掲載されている「挿絵座談会」には、岩田専太郎、林唯一、富永健太郎、小林秀恒、志村立美が出席して、挿絵論を展開している。一番興味を魅かれたのは、「新聞、雜誌の描き方」の章だ。

「岩田 ……純粋な繪は皆に喜ばれなくてもいゝ。少数の人にだけ分つて貰つても……。 小林 純粋の絵は段々皆から離れていくといふ傾向がある。これも皆に喜ばれゝば喜ばれる程いゝのでせうけれども、喜ばれなくてもいゝのだ。 岩田 それが挿絵の場合だけは皆に喜…

もう一冊は、装画:武井武雄、吉田一穂『海の人形』(学芸書林、昭和51年)。大正13年金星堂より上梓された童話集で、著者の三回忌に再度刊行されたもので、吉田一穂の処女作でもある。武井武雄の挿絵が13葉掲載されているのが魅力的だ。

装画:武井武雄、吉田一穂『海の人形』(学芸書林、昭和51年) もしかして、来年、イルフ美術館へ取材に行くことになるかも知れないので、それまでに武井武雄のことを少し勉強しておこうとして購入した。

5時過ぎになって古書市を思い出し、明治大学の前の坂を転がるように走って、神保町古書会館に飛び込む。あと30分しかない中、こんな2冊を購入してきた。

挿絵:不明、伊藤英潮『宮本武蔵』(昭和25年、椿書店) 昔の印刷の特徴ともいえる版ずれが、見事に決まっている。今ではこんな印刷物を探そうににも見つからない。この本は講談本と呼ばれるもので、大正時代頃の小説本にはよくあった。つまり、講談師が話し…

「田賀陽介の作画 と 忍冬窯との共同製作による鉢 長谷川廣光との共同製作による箸」展(於:美篶堂〈みすずどう〉ギャラリー、8月10日まで)。展示されている写真は現在田賀さんがかかわっている風土景観デザインをしてい森の現場作業の様子。

美篶堂は、JRお茶の水駅のホームから神田川を眺めるようにして、地下鉄丸ノ内線が川の上に姿を現し一瞬だけ走るのをみつけ、更に湯島の聖堂の緑がある方向に目を向けると、もう、あなたの視界に入っているはず。そう、向こう岸の川べりにある左から三番目の…

約200ぺージのスクラップ帖に張り込んだ、新聞小説の切り抜帖が手に入った。さし絵:岩田専太郎、大佛次郎『赤穂浪士』(東京日日新聞、昭和2年)がその新聞切り抜きだ。前日アップした岩田専太郎の絵の、違いの落差がすごい。第1回「蔭を歩く男」から「月夜鴉」までで、題字の部分が切り捨てられているので、第何回まで集めてあるのかはわからない。でもキャラクターが誕生する様子はよくわかるので、これで十分、満足満足。

果たして、与えられた文章で、さし絵が描けるのかどうか。この第1回目の全文が挿絵家に伝えられているとも限らないが、早速この侍が登場するシーンを本文から引用してみよう。 「その若い浪人者は、大門の脇に立ってこの雑踏を眺めてゐた。他にも道の脇へ出…

新聞切り抜き、さし絵:岩田専太郎、三上於菟吉『日輪』(大阪毎日新聞、大正15年)を購入した。岩田専太郎が描く女性のファッションが大正モダンで美しい。パリ「VOGU」から飛び出したような斬新ファッションだけでも評判だったに違いない。

さし絵:岩田専太郎「日輪」(大阪毎日新聞、大正15年) 新聞三段抜きのイラスト(ハガキより2.5cm小さい)は最近の新聞さし絵に比べてかなり大きい感じがする。今の新聞小説は確か2段抜きだったとおもうので、天地サイズは昔の方が一段分大きい。それだけさ…

丹下左膳のキャラクターの誕生とその工夫について小田富彌はさらに「たとえば『上三尺』というものがあります。一本独古(*金偏に古)の角帯を締めますね、ヤクザはその上からソロバン染に染めた上三尺を、グッと締めるんです。これが粋なんですな。

それから喧嘩のときは「三方からげ」をする。三方で尻をからげる、それがヤクザの出入りの決まりやったらしい。そういうことを大阪新聞の編集長だった行友李風から教えてもろうたんです。──この新聞には一時、北野先生も私も入社しておったんですよ。」(『…

丹下左膳のキャラクターは、著者・林不忘のイメージではなく、挿絵家・小田富彌が創作した? これって文学は誰が作るのか、というような問題ではないのか?

新聞小説の登場人物のイメージは誰が確定するのか、以前から興味があった。服装や人相、背丈、太っているのか痩せているのか、着物の柄はどんなのが良いのか、などなど。絵を描くとなると決めなければならないことがたくさんあるはず。 新聞小説の場合はいき…

以前から、小田富彌は間違って丹下左膳の右手を掻いてしまった、ということは知っていたが、やっとその絵を探し当てた。

小田富彌は「左膳が布団をかぶって寝てる絵です。あれを描いた時は、仰山抗議の手紙が来ましたよ。五百何十と来た。よく見て下さい。丹下左膳に腕が二本。うっかりしとったんですな。読者はよう見てますよ。」(『名作挿絵全集2』平凡社、1980年)と、当時を…

新聞小説のさし絵の情報を勉強中です。

編集:長谷川泉・武田勝彦『現代新聞小説事典』(「解釈と鑑賞」付録、昭和52年) 本田庸夫『新聞小説の誕生』(平凡社、1998年) 『文学 新聞小説』(岩波書店、昭和29年) 毎日更新しているとネタ切れしてしまうので、ブログで遊ぶにしてもこのくらいは読…

「シャボン玉とんだ」

かつて入れ込んでいた、アールデコ風に同じポーズの女性が揃ってシャボン玉を飛ばしているところです。2ヶ月ほどさぼっていたら、大部腕が鈍って、細かな細工にやたら時間がかかってしまいました。シャボン玉の輪は特に大変でした。 私が小学生の頃はシャボ…

高橋康雄『懐かしの少年倶楽部時代 夢の王国』(講談社、昭和56年)装丁:井上正篤、を古書市で発見、購入した。

読み始めたら、どうも文字が小さくて読みづらい。計ってみたらなんと、本文11級、行間18送り、って注釈や出典じゃないんだから、もっと大きな文字で、せめて12級20送りくらいで組んでくれ。おじさんにはつらすぎる。まして電車の中では読めないよ。パニパニ…

『昭和挿絵傑作選 大衆小説篇』(国書刊行会、昭和62年)、『昭和挿絵傑作選 少年少女篇』(国書刊行会、昭和62年)A4変形、120頁、カラー56頁、2冊セットが届いた。大きな判型のイラスト集はその迫力に圧倒させられてしまい、頁を繰るたびに、まるで絵本の中を冒険をしているような緊張感にドキドキさせられっぱなしです。

内容は全く判らずネットで購入したのだが、『昭和挿絵傑作選 大衆小説篇』には岩田専太郎、小田富彌、志村立美、小林秀恒、小村雪岱の絵が掲載されている。『昭和挿絵傑作選 少年少女篇』には、山口将吉郎、伊藤彦造、樺島勝一、高場宅華宵、蕗谷虹児、加藤…

やはり大衆文芸は『富士に立つ影』から

さらに八木昇の説を拝読させていただこう。 「大衆文芸が固有の位置を主張し、万人の等しく認めるところとなったのは、白井喬二の雄篇、『富士に立つ影』(大正十三〜昭二)によってである。大衆文芸の成立は、この作品が登場するに及んで決定的となった。満…

八木昇の挿絵黄金時代の定義を「大衆文芸の挿絵」(『芸術生活』芸術生活社、昭和49年)に見てみよう

「大正末年に、新しい読物である『大衆文芸』が興隆して江湖の迎え入れるところとなった。大衆文芸の源流は江戸の庶民文化に求められるが、御承知の通り、江戸文芸=大衆文芸のこの世界は“本文”とそれを助け、あるいは補う“絵”(挿絵)の二要素の融合によっ…