2006-01-01から1年間の記事一覧
昭和19年の出版物を資料として手元の残すことが難しかったのか、残すのを敬遠していたのか、今となっては知る術がないが、この時期の恩地の装丁数を調べると恩地邦郎『装本の使命』(阿部出版、1992年)の「恩地孝四郎装丁作品目録」には4点しか記載されて…
有島生馬といえば、かつて大正4年の「美術新報」にボッチオーニの『我々はなぜ印象派でないか」を翻訳して掲載し、巻頭に「此訳文を『月映』の恩地孝四郎兄にをくる」という献辞を捧げたという話を書いたことがある。前衛美術を日本に紹介した初期の人物の…
かつて斉藤佳三(1887−1955)については、山田耕筰とともにドイツ留学から帰国するときにシュトウルム社・ヴァルデンから前衛美術の画家たちの作品約150点を預かり持ち帰り、そのうちの約70点の版画を展示したシュトルム展を大正3年に日比谷『…
11月中ごろからちょ〜多忙な日が続き、気にはなっていましたが、すっかりブログの更新から遠ざかっておりました。アクセスしてくれていた方には本当に申し訳ありませんでした。 先週の土曜日にやっと古書市に足を運ぶことが出来て、高円寺で何とも今一番あり…
しばらくご無沙汰をしておりましたが、本業の方が多忙なことと、講演などで休日も目一杯働き詰めでブログまで手が回りませんでした。そんな中、仕事関連でメルマガを調べる必要があり、自ら体験してみることになり、早速メルマガ「美しい本を楽しむ」を立ち…
年2回発売の「紙魚の手帳」創刊第2号の編集が本格的にはじまった。 掲載の写真は、「彷書月刊」との交換広告用に制作したもので、 まだ原稿が完全に集まったわけではない。 私も「櫻井書店本」の話を書いていますが、 一人で1冊埋められるくらい書いてしま…
「こんな本を見つけてしまった、いいだろう!」と自慢したくなるような、そして頬擦りしたくなうようなお気に入りの装丁だ。そんな「頬擦り本」とは児童文学者協会編『日本児童文学選』年刊第一集(櫻井書店、昭和23年11月重版、初版は23年11月)、A5変型判…
足掛け8年間にわたって私が装丁を手がけてきた『徳田秋声全集』42巻・別巻1(八木書店、写真は第1回配本の18冊)が第54回菊池寛賞を受賞した。特に装丁に与えれた賞ではないが、執筆に対しての賞というわけでもなく、全集の出版企画・編集など総合的に評価さ…
『みだれ髪』への傾倒は、その後もとどまるところを知らず、今度は佐藤春夫『みだれ髪を読む』(講談社、昭和36年7月2刷)装丁:熊谷守一を読みはじめた。 「『みだれ髪』の成立と上梓経過」を読んでみたが、私が期待しているような話は書かれていなかった。…
昨日、笠間書院、八木書店と打ち合わせをすませ、駿河台下の横断歩道を渡っていると、向かいにある三茶書房の入り口にアルフォンヌ・ミュシャの挿絵を使った全判のポスターが飾ってあるではないか。そのタイトルが「与謝野晶とミュシャ」。あまりも衝撃的な…
10月4日に青木茂『書痴、戦時下の美術書を読む』を紹介したときに、宿題となっていた「HK」のサインについて、この連休中にやっと解りました。 オレの出番とばかりに勇んで飛び出したが解読できなかったサインを、 「近代挿絵家のサイン解読第一人者」を自…
鈴木朱雀(すずき すじゃく1891-1972年、1920年第2回帝展に「吟鳥」入選。)装丁、北島春石『ひとすぢ路』(春江堂、1923[大正12]年)が届いた。イタミ本となっていたので覚悟していたが、表紙1のヒラの部分も函も、とにかく及第点だ。 ネット通販はほとん…
表紙の装画が気に入って購入した「木太刀」第7巻第6号(木太刀社、明治42年6月)だが、このアールヌーボー風の表紙を描いた画家名は結局は分らない。その代わりというわけではないが、本文中に杉浦非水に描いた挿絵が2点あった。 「みだれ髪歌かるた」(明治…
最近、ちょっとした文章を雑誌などに書く機会が増え、その謝礼として図書カードが送られてくることが多くなった。このカードのお蔭で、気兼ねなく新刊本を買う事が出来るようになったのが嬉しい。今読んでいるのは青木茂『書痴、戦時下の美術書を読む』(平…
あやめ會『あやめ草』(如山堂書店、明治39年)は、和英並記の詩集だが、右開きで日本語の詩が、左開きで英語の詩が掲載されている。表裏の表紙の両方から読むようになっている。表紙には「朝武」を改め、新たに名乗り始めた「非水」のモノグラムが記されて…
手元にある『暁鐘』は東京堂発行、明治45年2月7日12版だ。この本の初版は明治34年5月20日に発行されている。ネットで販売されているこの本のデーターを見ると明治34年に発行された『暁鐘』は有千閣/佐養書店から発行。明治37年に発行された『暁鐘』も有千閣/…
明星(明治37年正月号)に掲載された、非水画「みだれ髪歌かるた」のもう1点を見てみよう。 なにとなく君に待たるゝこゝちしていでし花野の夕月夜かな という歌に絵をつけたものである。構図といい、色使いといい、モチーフの選択といい、 かなり欧風なイメ…
2006年10月14日(土)〜11月19日(日)於:一宮市三岸節子記念美術館「三岸節子と装丁展─文学者達との交流」 のチラシと入場券が送られてきた。 実は、11月3日(祝・金)14時〜「近代装丁の歩み─明治から昭和初期まで」という講演を私がやる事になり、 そろ…
「情熱の人 与謝野晶子展」の図録には、「乱れ髪歌がるた」の写真が24点掲載されていたが、全部で何枚作られたのかわからない。どこかに完全に揃ったカルタがあるのだろうか。見てみたい。 『明星』(明治37年正月号)に掲載されたのは、多色刷り石版画で四…
新宿サブナードで、300円均一の古書市が15〜16日に行われた。通勤途中にちょっとのつもりで立ち寄り、本のちょっととおもいながら、7冊も購入してしまった。その内の1冊については、もう一つのブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/higetotyonmageに書いた。2冊目…
杉浦非水装丁「国学院雑誌」(国学院大学、大正15年)をネットで購入した。 「国学院雑誌」杉浦非水表紙絵、となっていたので、てっきり「杉浦非水表紙絵」の特集号かと思って、注文したのだが、な〜んと、装丁をしただけの話だった。 それにしても、國學院…
またまた新宿サブナードの古書市で通勤途中に「みだれ髪カルタ」が掲載されている『情熱の人 与謝野晶子展』(池袋三越、昭和52年)の図録を購入してしまった。いままで「みだれ髪カルタ」については、「明星」の口絵として1904(明治37)年に掲載された4点…
「商業デザインの先駆者 杉浦非水展」の図録購入、といっても、血眼になって探している日比谷図書館での展覧会の図録がみつかったわけではない。昭和42年、日本橋三越で開催されたときの図録だ。表紙に使われている絵は、大正4年の三越のポスター。巻末にあ…
杉浦非水が装丁した本を集めている。特に明治時代に装丁したものを。なぜか? って。非水は明治45(1912)年に、「装幀、雑誌の表紙図案展」を日比谷図書館で開催している。これは日本で開催された初めての装丁展といわれている。しかし、その詳細はあまり知…
伊藤銀月『続百字文選』(如山堂、明治37年)は高円寺の古書市で見つけた本だが、特に購入したい本ではなかった。それでも明治の本ダシ、表紙の絵とサインが気になり500円なのでとにかく購入しておいた。帰宅して、サインが誰のものか調べたがさっぱりわから…
恩地孝四郎装丁、大木惇夫「神々のあけぼの」(時代社、昭和19年4月初版)この本は、以前紹介したが、「印刷雑誌」27巻2号(日本印刷文化協会、昭和19年)に、恩地孝四郎「決戦下の装本」という文章で「木版を活かすのもいい」と書いている事を自ら実践して…
先日、アンディさんに教えていただいた 恩地孝四郎装丁、永田泰三『「詩集郷愁の花束』(自由詩社、1954[昭和29]年)を池袋の古書店から購入することができた。恩地64才、亡くなる1年前の作品だが、晩年の作品というイメージは全くなく、むしろ清楚で若々…
アンケートに応えたら3000円の図書カードが送られてきた。ブックカフェ茶房高円寺書林へ「蔵書票まつり」の撤収に行って、片付けているときに、隣の書店のほうにあるフレデリック・クレマン『アリスの不思議なお店』(紀伊国屋書店、2006年第9刷)が目に入り…
「葡萄」53号が送られてきた。5人の詩人がそれぞれ一篇を選び「自注」を付けた「若き日の詩集」という特集を組んでいる。この詩誌は1954年に創刊され、毎年1回脈々と発行し続けられてきたことになる。装丁は、伊達得夫(だて・とくお, 1920-1961)。第二次大…
仙台・火星の庭さんで開催された一箱古本市で、奮闘及ばず売れ残った本が帰宅した。残念だったな、などとねぎらいの言葉をかけながら段ボールから本をとり出していると茶封筒がが出てきた。誰かの荷物がまぎれこんできてしまったのかな? 全く心当たりがない…