2010-08-01から1ヶ月間の記事一覧
・装丁のパイオニア杉浦非水とアール・ヌーボー・洋画家たちが美しいさし絵を運んできた・安さだけではない美しさも備えた円本全集の3つのテーマで講演することになった。詳しい内容、お申し込みはhttp://www.syogai.jissen.ac.jp0120-511-880へ。 77講座あ…
松崎画廊・「堂昌一 中西美子父娘展」にて。左から松田真住さん、西村春海さん、堂婦人、バロン吉元さん、星恵美子さん、石川政尚さん、沢登みよじさん。(撮影:大貫伸樹) 松崎画廊・「堂昌一 中西美子父娘展」にて。日本出版美術家連盟会長・濱野彰親氏(…
「形は描けても心が描けない。そんな風に思ってマキにも直ぐ家を持たせた。身体を許してしまったあとのマキは、千吉(*専太郎)のいうことには一切逆らわず、人形のように従順で、希望通りのワクの中に入ってきた。『俺の絵はまた変る。マキのお蔭で変る』と…
堂昌一:画、多岐川恭「用心棒」(「週刊新潮」1977〈昭和52〉〜8(昭和53〉) 堂昌一:画、多岐川恭「用心棒」(「週刊新潮」1977〜8年) 堂昌一:画、多岐川恭「用心棒」(「週刊新潮」1977〜8年) 堂昌一:画、多岐川恭「用心棒」(「週刊新潮」1977〜8年…
単行本は第4巻まで刊行され、回を追う毎に表現力が豊になり挿絵に切れがでて、完成度の高い絵に変わっていくのがわかる、48歳の堂昌一に新たな創作意欲の炎を灯させた作品群と言えるだろう。 堂昌一:画、山岡荘八『徳川家光』(毎日新聞社、1974〈昭和49〉…
岩田専太郎:画、山岡荘八「徳川家光」第1回叛骨の森の巻(「小説サンデー毎日」、昭和49年) 連載小説の最初の絵は難しい。登場人物に関しての詳しい記述がなくとも、人相や髪形、服装などを決めていかなければならないのだから。つまり、さし絵画家のほう…
岩田専太郎:画、山岡荘八「徳川家光」(「小説サンデー毎日」、昭和49年)
岩田専太郎:画、山岡荘八「徳川家光」(「小説サンデー毎日」、昭和49年) 岩田専太郎:画、山岡荘八「徳川家光」(「小説サンデー毎日」、昭和49年) 岩田専太郎:画、山岡荘八「徳川家光」(「小説サンデー毎日」、昭和49年) 岩田専太郎:画、山岡荘八「…
さすがの専太郎も最盛期の絵と比べると、どことなく勢いがなくなっているように思える。構図に大胆さがなくなってきたことや、人物の動きやモチーフの配置など、気力が感じられない。線が細く繊細になった戸も見えるが、勢いがなくなったとも見ることができ…
そんな折り、昨夜帰宅途中によった東急古書市で、タイミング良く「週刊文春」昭和51年2月19日号と、昭和51年2月26日号を見つけた。 堂昌一:画、松本清張「西海道談綺」第208回(「週刊文春」昭和51年2月19日号) 堂昌一:画、松本清張「西海道談綺」第 209…
岩田専太郎:画、松本清張「西海道談綺」(「週刊文春」昭和46年5月号〜49年3月号) 岩田専太郎:画、松本清張「西海道談綺」(「週刊文春」昭和46年5月号〜49年3月号) 岩田専太郎:画、松本清張「西海道談綺」(「週刊文春」昭和46年5月号〜49年3月号) 岩…
以前、ネットで検索したときに週刊文春は殆ど1000円以上だ、500円も1冊あったがそれでも、300円以下でなければ買わない、とつぶやいた。すると、なんと本当に300円の「週刊文春」を見つけてしまった。私は古書市で購入する前に、「この本は○○円以下なら買う…
専太郎が他界した昭和49年2月に抱えていた絶筆となった連載もの、「小説サンデー毎日」に連載の山岡荘八「徳川家光」は4月号まで掲載、「週刊文春」に連載中の松本清張「西海道談綺」は3月号まで掲載され、そのあとを堂昌一が引き継いで描いた。 そのことに…
「週刊小説」創刊号(実業之日本社、昭和47年2月)、表紙:司修 永田力:画、五味康祐「忍者が骰子をふった」(「週刊小説」創刊号(実業之日本社、昭和47年2月) 岩田専太郎もいいが、永田力が描いた巻頭小説「忍者が骰子をふった」のさし絵にも魅せられ一…
実際に『股旅もの』の名称が普及するのは、昭和四年三月に『改造』誌上に発表した『股旅草鞋』からで、長谷川伸が『股旅もの』の開祖とみられるのも当然なことであろう。」 「しかし、彼はけっして封建的なモラルである義理人情を称揚したわけではなかった。…
もの 「主人公の忠太郎は、五歳の時に実母と別れ、思いでの中に生きる母の像を瞼のうちに描きながら、やくざ渡世の深間に陥ちこんでゆく。賭博なかまに加わるようになったのも、母を思慕するこころを抑えきれず、その感情をまぎらすためだったといえる。この…
ツイッターやブログがそうであるように、受け身ではなく、自己表出(表現)したい人たちがこんなにも溢れている。印刷物による出版のハードルが低くなり、誰でもが出版社などを通さずに、安く自由に本を作れるようになり、販売の場さえもが用意されてきた。 …
「それほどに隆盛だった。『股旅もの』も、昭和二十年を境にして、米占領軍総司令部の命令で一時姿を消すことになった。これは『股旅もの』だけに限らず、時代小説全般が封建思想を醸成するものとして、又、刀剣を用いて人を切るということなどがもっての外…
大胆なデフォルメを見事に決めているのは、司馬遼太郎「世に棲む日日」(週刊朝日、昭和44年2月〜45年12月)。吉田松陰と高杉晋作は共に二十代で終ってしまった短い生涯のなかに輝かしい業績を残した。そんな幕末の長州が生んだ英雄の物語。専太郎さし絵中、…
岩田専太郎:画、笹沢佐保「日暮妖之介・暁に去る」(実業之日本社、昭和47年) 岩田専太郎:画、笹沢佐保「日暮妖之介・暁に去る」(実業之日本社、昭和47年) 岩田専太郎:画、笹沢佐保「日暮妖之介・暁に去る」(実業之日本社、昭和47年) 岩田専太郎:画…
本日は、川口松太郎と岩田専太郎が二人三脚で取組んだ「西海道談綺」を紹介しようと思っていたが、さし絵が見つからず、取り合えず「獅子丸一平」(毎日新聞夕刊、昭和29年8月〜31年9月)を紹介しよう。 「昭和20年代の初期は、時代物は封建思想を助長するも…
シャトーカミヤ 2008年6月9日にシャトーカミヤ旧醸造場施設3棟が「最初期の本格的ワイン醸造施設」として、文部科学大臣から国の重要文化財に指定された。 シャトーカミヤ 指定されたのは、「事務室」(現:本館)、「醗酵室」(現:神谷傳兵衛記念館)、「…
・「明治美人館」(「読売新聞」、昭和22年) ・「火の鳥」(「毎日新聞」昭和25年) ・「情熱の部屋」(「大阪毎日新聞」昭和25〜26年) ・「宮城広場」(「読売新聞」昭和25〜26年) ・「振袖狂女」(「毎日新聞」昭和26〜27年) ・「皇女和宮」(「朝日新…
「実はさし絵の仕事を、よそうかと思ったこともあった。……『蛇姫様』その他、華麗な絵を描いて、ものの役に立たない絵かきのごとく扱われた口惜しさに、無理とはしりつつも兵隊の絵を描いて、戦争末期の昭和二十年には、陸軍報道部の命令で、『神風特攻隊吉…
岩田専太郎:画、川口松太郎「蛇姫様」(東京日日・大阪毎日新聞、昭和14〜15年) 岩田専太郎:画、川口松太郎「蛇姫様」(東京日日・大阪毎日新聞、昭和14〜15年) 岩田専太郎:画、川口松太郎「蛇姫様」(東京日日・大阪毎日新聞、昭和14〜15年) 岩田専太…
山田宗睦は東京日日新聞に掲載された「蛇姫様」を見て「挿絵は岩田専太郎。華麗な作風は、その後その華麗さによってときに嫌うこともあったけれど『蛇姫様』の挿絵は、たぶん専太郎一代の挿絵史の中でももっとも艶麗であった。流れるような描線の艶冶さと、…
堂昌一氏をご存知ないかたも、もしかして「木枯紋次郎」(「小説現代」昭和46年)の挿絵画家といえば思い浮かべてくれる人もいるのではないでしょうか? この本は紋次郎ではないが、縞の合羽に三度笠、弓懸け(手っ甲)、脚絆にわらじ履きの股旅姿が紋次郎に…
堂昌一:画、松本清張作「西海道談綺」(「週刊文春」1974年) 堂昌一:画、松本清張作「西海道談奇」(「週刊文春」1974年) その後も、 1984年 森村誠一作「忠臣蔵」(週刊朝日) 1991年 杉本苑子作「汚名」(毎日新聞) 1995年 杉本苑子作「風の群像」(日本…
堂昌一:画、笹沢佐保「日暮妖之介」(「週刊小説」1972年)
濱野彰親:画、伍堂徹三「後部標識異常なし」(「別冊読切傑作集」双葉社、昭和32年) 濱野彰親:画、伍堂徹三「後部標識異常なし」(「別冊読切傑作集」双葉社、昭和32年) 濱野彰親:画、伍堂徹三「後部標識異常なし」(「別冊読切傑作集」双葉社、昭和32…