2010-01-01から1ヶ月間の記事一覧

神保町の小宮山書店ガレージセールで、豪華なコラボの詩画集、山下菊二:装丁・挿画/三木卓『わがキディ・ランド』(思潮社、1970年)、古沢岩美:装丁・挿絵/スチーヴンスン『新版千一夜物語』(鎌倉書房、昭和22年)、杉本健吉:装丁/柴田錬三郎『顔十郎罷り通る』(講談社、昭和38年)の3冊をまとめて500円で購入してきた。こんなに掘り出し物を見つけることは稀なので、気分は爽快、スキップをしながら帰宅した。

山下菊二:装丁・挿画/三木卓『わがキディ・ランド』(思潮社、1970年) 山下菊二:装丁・挿画/三木卓『わがキディ・ランド』(思潮社、1970年) 三木卓は、1967年に詩集『東京午前三時』でH氏賞、『わがキディ・ランド』は1970年に高見順賞受賞している。…

ここ数日、詩画集の羅列が続いたが、これだけたくさん眺めてくれば、なにか話が出来そうですね。詩画集羅列の最後は画家であり詩人でもある夢二の詩画集。雑誌や新聞に掲載された挿絵の木版を集めて編集したという、竹久夢二『春の巻』(明治42年12月15日、洛陽堂)は、発売と同時に大ヒットとなり詩画集ブームの火付け役になった。架蔵の『春の巻』は明治43年3月10日刊、第四版なので、毎月1回増刷したことになる。

このヒットは続々とつづく夢二本を生むきっかけになっただけではなく、夢二を師と仰ぐ恩地孝四郎、田中恭吉達の『月映(つくはえ)』の公刊をも引き出すことになる。 竹久夢二『春の巻』(明治42年12月15日、洛陽堂)、左は夢二のサインをあしらった表紙、右…

画文集・詩画集に興味を持ちはじめ、本棚を探してみたら、前回掲載した作品の他にも与謝野晶子他『恋衣』(本郷書院、明治39年)、島崎藤村『若菜集』(春陽堂、明治30年)、蒲原有明『春鳥集』(本郷書院、明治38年)などなど次々に出てきた。

与謝野晶子他『恋衣』(本郷書院、明治39年)、乱丁本なので、絵の方を見やすい方向にして掲載した。『みだれ髪』と判型が同じで、中沢弘光が描いたアール・ヌーボー風の挿絵が7点挿入されている。そのうちの1点がこの「秋」? 「?」としたのは、目次には7…

今年購入した三冊目の本は北原白秋の詩画集として名高い『桐の花』(東雲堂、大正2年)。左は復刻本。詩画集や画文集と云われる、本文と絵が一体となっている本があり、今のところお気に入りの詩画集(画文集)は5冊(復刻も含む)ある。『桐の花』のほか、与謝野晶子『みだれ髪』、中川一政『見なれざる人』、萩原朔太郎『月に吠える』、萩原恭次郎『死刑宣告』がその本だ。このうち『見なれざる人』と『桐の花』は著者が描いた絵が入っており、『みだれ髪』『月に吠える』『死刑宣告』は、画家と執筆者が別人のコラボレーションになっている。

北原白秋『桐の花』(東雲堂、大正2年)著者自装、装画:北原白秋。左は復刻本。右は大正8年に刊行された第8版。 北原白秋『桐の花』(東雲堂、大正2年)挿絵:北原白秋。 この他にも、たくさんの画文集があるが、佐藤春夫、木下杢太郎、福永武彦等のよう…

木村荘八は、幼い頃から鏑木清方に親しみ、そして憧れてきたというが、ただそれだけではない、文章には表さない何かがありそうである。一つには『近代挿絵考』にも、「鏑木さんは丁度〈さしゑ〉時代から〈上野時代〉へバトンのわたるさなかのさしゑ界から最後のバトンを受け継いでまつすぐ上野へ駆け込んだ選手──と云つて良い立場の方に當るのである。……おかしな云ひ方をすれば〈挿絵〉スクールから〈上野〉へ派遣された、代表選手だつたわけである。やがて時が代わると石井鶴三が〈上野〉から〈さしゑ〉スクールへ派遣された代表選手となつたや

なにより自分自身が、1911年、白馬会葵橋洋画研究所に入学して以来、1912年には、岸田劉生と知り合い、ヒュウザン会の結成に参加し、1915年、劉生たちと共に草土社を結成、1922年まで毎回出品する。1918年からは二科展や院展洋画部にも出品するようになり、…

木村荘八『近代挿絵考』(双雅房、昭和18年)の最初の頁に「矢来先生に捧ぐ」とあるが、この「矢来先生」とは序文を書いた「夜蕾亭清方」のこと。巻頭の写真には「紫陽花舎画室」で木村荘八、岩田専太郎、鏑木清方の三人が頭をそろえて何かに見入っているところが写っており、「矢来先生」とは鏑木清方のことであることがわかった。

木村荘八『近代挿絵考』より転載。左から岩田専太郎、木村荘八、鏑木清方。 前回掲載した相撲の写真もすごいが、この写真のメンバーも豪華だ。 荘八にとって清方は尊敬私淑する人物であり「僕は鏑木さんに面と向かふと“先生”と呼ぶ。かげで人と噂や取沙汰に…

『報知新聞』の此の前後三年に渉つた「山」から一束の繪かきを摑まへて來て踊らせる試みは、自然と、その後、各新聞各雑誌が擧つて「山」から繪かきを引張つて來る傾向に対する前提となり、繪かきにとつては又、彼が「山」から「挿繪界」へ行く道順に不思議のないと云ふことを示す、これが瀬踏みとなつたのである。思へば廣瀬君は、近代ジャーナリズムの上から云つても、面白い適時打を放つたものであつた。そして、あの「石井鶴三」一人ではいけない。曰く「川端龍子」「山本鼎」「河野通勢」「木村某」……とずらりと摑まへて來なければ、チャンス

が、又、更にあの場合、正直に云つて、我々報知の『富士に立つ影』連中の出來榮えだけでは、未だいけなかつた──その折りも折り、日日新聞側から、時運に對して、ドエライ掩護砲を放つたもののあつたのが、有名な巨弾『大菩薩峠』の挿繪である。 小説『大菩薩…

画家であり挿絵家でもある木村荘八は、また優れた文筆家であり、『東京の風俗』、『現代風俗帖』など多数の著作も出し、歿後刊行の『東京繁昌記』で、1959年に日本芸術院恩賜賞を受賞している。そんな木村荘八による挿絵論集『近代挿繪考』(双雅房、昭和18年10月)に書かれた「文展開設以来大正大震災に至る迄」以降の石井鶴三と中川一政さらに木村荘八自身の活躍ぶりを眺めてみよう。

木村荘八『近代挿繪考』(双雅房、昭和18年10月)。戦時中の酸性紙を使っていたのだろうか、パラフィン紙に包まれていたジャケット(カバー)は、包みをほどいただけでぱりぱりと割れるように崩れてしまう。 その前に「文展開設以来大正大震災に至る迄」につ…

今年の2冊目は「中川一政挿画展─石井鶴三・木村荘八とともに─」(中川一政美術館、平成6年)。この図録のすごさは、中川一政の挿画展であるにもかかわらず、石井鶴三:挿画、吉川英治「松のや露八」(「サンデー毎日」、昭和9年6月3日〜10月28日)や木村荘八:挿画、永井荷風「濹東奇譚」(「東京朝日新聞」、昭和12年4月16日〜6月15日)に掲載された挿絵を、「濹東奇譚」は34点、「松のや露八」は26点も掲載していることだ。そして中川一政は、尾崎士郎「人生劇場」(「都新聞」、青春編昭和8年など)と尾崎士郎「石田三成

三人の親しい交友関係を示すということもあるが、実はこの三人が、関東大震災後の上野のお山の洋画家たちが複製物であるマスメディアという新聞に小説の挿絵を描き、新聞小説挿絵を牽引し黄金時代を築いたといっても過言ではないからだ。更に三人は、岸田劉…

「犯罪公論」(昭和7年1月号〜3月号)に連載されたポリドリ著、佐藤春夫譯「バイロンの吸血鬼」にも掲載当時の木村荘八が描いた挿絵が掲載されているということが、今回の購入のきっかけになった。

当時は、まだサインのスタイルが決まっていなかったようで、「木画」とあるものや「S.Kim」などの表記が混在しているのも面白い。 挿絵:木村荘八、ポリドリ著、佐藤春夫譯「バイロンの吸血鬼」 挿絵:木村荘八、ポリドリ著、佐藤春夫譯「バイロンの吸血鬼」…

メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』の本邦初訳である「新造物者」には、小林清親や後藤魚州、武内桂舟が描いた「国乃もとゐ」(明治22年6月号〜23年3月号)に掲載された当時の挿絵が掲載されている。

小林清親:挿絵「新造物者」(「国乃もとゐ」(明治22年6月号〜23年3月号) さらに、

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお付合いのほどをお願い申し上げます。さて、今年最初に購入した書物は、東雅夫編『ゴシック名訳集成吸血妖鬼譚』(学研M文庫、2008年10月)1,800円。文庫本ながら568頁もある大部の本だ。

東雅夫編『ゴシック名訳集成吸血妖鬼譚』(学研M文庫、2008年)、イラスト/山本タカト、ブックデザイン/妹尾浩也 この広告文には 「西洋伝奇小説の源流、ゴシック・ロマンスの名作を歴史的名訳で復刻するシリーズ第三弾! 最終巻のテーマは「怪物の創造」―…