新聞切り抜き、さし絵:岩田専太郎、三上於菟吉『日輪』(大阪毎日新聞、大正15年)を購入した。岩田専太郎が描く女性のファッションが大正モダンで美しい。パリ「VOGU」から飛び出したような斬新ファッションだけでも評判だったに違いない。



さし絵:岩田専太郎「日輪」(大阪毎日新聞、大正15年)


新聞三段抜きのイラスト(ハガキより2.5cm小さい)は最近の新聞さし絵に比べてかなり大きい感じがする。今の新聞小説は確か2段抜きだったとおもうので、天地サイズは昔の方が一段分大きい。それだけさし絵に対しての期待が大きかったのだろう。



しかし、よく見ると、小説の文字組は2段組だが、1段分は広告スペースまではみ出しているのがわかる。広告スペースよりも重要視されていたのだろう。



さし絵:岩田専太郎「日輪」(大阪毎日新聞、大正15年)
この絵を見て岩田専太郎の絵であることがわかる人は少ないにちがいない。夢二風にも見えてしまう。


岩田専太郎:挿絵画家。1901年東京浅草生まれ。年方→清方→深水→という、伝統的な系譜に連なる最後の画家。10代の終わりから『講談雑誌』の挿絵を描きはじめ、22歳で関東大震災に被災して大阪に逃れ、プラトン社で『苦楽』の専属画家となる。大正15年、作家デビュー間もない吉川英治を一躍大人気作家に押し上げた時代小説「鳴門秘帖」(大阪毎日新聞連載)の挿絵を担当、ビアズレー風のタッチで話題になる。川口松太郎「蛇姫様」の挿絵が有名。現代風俗にも優れ、表紙美人画を数多く描く。五十年間もマスコミに絵を描き続けた昭和時代の挿絵の第一人者。74年逝去。



さし絵:岩田専太郎鳴門秘帖」(大阪毎日新聞、大正15年)


今回新聞小説を集めている目的は、こんな挿絵家の話をすることではなかった。新聞小説の主人公のキャラクターは誰が作るのかを調べることだが、今回届いた新聞切り抜きは、第113回から最終回までだったので、全く使い物にならなかった。しかし、下記のような同時代の新聞小説が何点か入っていたのはちょっと嬉しい。



さし絵:小寺耕嶺、長田秀雄『再生の春』(京城日報、大正15年)



さし絵:細木原青起山中峯太郎「愛別の十字路」(京城日報、大正15年)



さし絵:金森観陽、前田曙山「孔雀の光」(大阪毎日新聞、大正15年)、第114回から210回まであり。