2009-01-01から1年間の記事一覧

さて、それでは、挿絵の女性とは誰なのか? この絵に描かれている女性については、さまざまな意見が交わされているが、私は見たままの素直な感想として、まだまだ日本髪が中心だったと思われる明治の女性の髪形には見えず、西洋の絵などを参考にしたものではないかと思ったのが第一印象である。

鳳昌子『みだれ髪』には、「みだれ髪」という語が登場する句は、29、56,90,260の4首につかわれているだけ(【与謝野晶子『みだれ髪』の「みだれ髪」】岡山大学大学院文化科学研究科紀要第十六号)であり、夫でもある鉄幹の『紫』には、晶子を「乱れ髪の君…

明治20年代には四六判・並製本の『夏木立』などが格安で販売されたが、明治30年代に入ると、更にコンパクトになった三六判という小さな判型で与謝野晶子作の処女歌集である藤島武二:装丁、鳳昌子『みだれ髪』(伊藤文友館、明治34年)などが刊行される。

三六判とは、四六判全紙を40折りか44折りにした大きさを基準にしており、ほぼ縦18cm×横9cm。縦横の比率は2対1の縦長長方形。縦約18.2cm×横約12.8cm(出版社によって多少異なる)の四六判に比べ小振りで、携帯して音読する、という当時の句集を読書するスタイ…

明治10年代後半になると、それまではスミ一色の簡素な印刷であった表紙に、カラフルな極彩色の絵が付されるようになってきた。この時代における定価壱円五十銭から弐円五十銭は決して安いものではなく、にもかかわらずカラフルな表紙にして発行するというのは、それでも売れるからであり、そのことはボール表紙本の隆盛期を迎えた証しとも言えるのではないだろうか。ちなみに同時期に発売されていた並製本の『浮雲』は五十銭、『夏木立』は三十銭である。

週刊朝日編『値段の風俗史』(朝日新聞社、昭和56年)によると、明治20年のもりそばが一銭だから、もりそば150杯〜250杯分とボール表紙本が等価ということになる。明治10年の汁粉は三銭。明治14年の上等酒(1.8リットル)は十一銭だ。格安感のある並製本の『…

『NHK美の壺 文豪の装丁』(NHK出版、2008年)を購入。テレビ放送再録の本だと思うが、タイトルの『文豪の装丁』というのが気になった。普通に理解しようとすると、「著者自装の本」と解釈でき、著者が自ら装丁する本の話かと思って購入したのだが、内容は、「文章・文学にぬきんでている人の装丁(ブックデザイン)」の話ではなく、「文豪の本の装丁」という内容だった。つまり「夏目漱石本の装丁」ということで、漱石自身が装丁した本の話ではないのでご注意を。

NHK「美の壺」製作班編『文豪の装丁』(NHK出版、2008年) 本文中にも、ちょっと気になる内容がある。14ページの「『明治になって活字印刷の技術やパルプを使った用紙の製法が入ってきた。本のつくり自体も洋装のほうが馴染むということで、製本様式が一変し…

いわむらかずおさんの「絵本の丘美術館」に行ってきた。いわむらさんは、1983年『14ひきのひっこし』(累計売上91万冊)、『14ひきのあさごはん』(同101万冊)から始まる14匹のねずみのシリーズは、家族のお引越しやピクニック、芋ほりに、お月見、スキー遊びといった家族団らんの喜びを描くロングセラーを送りだす絵本作家。「絵本の丘美術館」は栃木県那須郡馬頭町の丘の上に建つ美術館。秋色に染まった木々の間を通り抜けると、林の中に突如として美術館が飛びだしてきて、まるで「紅葉のトンネルを抜けると、そこはおとぎの国」

建物外観が写っている写真はこれ1枚しかありませんでしたので、見苦しい輩が映っていて申し訳ありません。 エントランスとでもいおうか、アケビの蔓が絡まった玄関です。 スウィーツもかわいくて、美味でした。 こんな画面が14匹のねずみにもあったような………

古書市の帰り道に寄った古書店の店頭に、梅原正紀『近代奇人伝』(大陸書房、 昭和53.06)が100円で出ていたので、購入しようかどうか迷った。余りに荷物が多いので、来週来た時にでも購入しようと思って買わずに帰宅。翌日、急にどうしても欲しくなり、仕事が終ってから、高円寺に行ったが、既に売れてしまっていた。ネットで購入しようと思ったら、結構高い。こんなときは、かなり悔しい。

伊藤晴雨に関しては、福富太郎編『伊藤晴雨自画自伝』、斎藤夜居『伝記・伊藤晴雨』、 団鬼六『外道の群れ 責め絵師伊藤晴雨をめぐる官能絵巻』 (朝日ソノラマ、1996年)などを読んで興味が湧いてきたので、もう少し集めて見ようかという気になっている。絵…

最近は、ネットで購入してしまうため、めったに古書市に足を運ぶことがなくなってしまった。でも行ったら行ったで、結構たくさん購入してしまう。リュックが一杯で、持ち上げるのが大変なくらい購入してしまい、高円寺から西武新宿線の都立家政まで歩いたときの恰好は、まるで千葉から野菜や魚を売りに大きな荷物を背負ってきたおばさんのようだったに違いない。

ネットでは中々購入できない本もある。『もう一つの明治美術 明治美術会から太平洋画会』(もう一つの明治美術展実行委員会、2003年)もそんな一冊だ。静岡県立美術館、府中市美術館、長野県信濃美術館、岡山県立美術館が協力して制作した美術展の図録だが、…

■11月にJR中央線・日野駅前にある実践女子学園生涯学習センターで「美しい本の話」と題する講座を3回に渡って開催予定。毎回たくさんの本をもっていきますので、実物を手に取ってご覧下さい。

・場所=〒191-0061東京都日野市大坂上1-33-1(JR中央線・日野駅前) ・受講料=3,150円 ・日程=11月2日、11月16日、11月30日(何れも10:30〜12:00) ・内容=1.洋装本の伝来と装丁の始まり(11月2日) ─橋口五葉の漱石本とアールヌーボー─ 2.幾何学模様の…

これまでずっと、ブログで書き続けた齊藤昌三とゲテ本の話を11項目にまとめて、25日に神奈川県立図書館で講演会をやってきた。一息つく暇もなく、今週28日は東京造形大学での上製本の製本実演があり、今度はその準備に追われている。

表紙に使う布の裏打ち(裏面に和紙を貼る)をやっておき、糊が乾いたものを持っていく用にしようと思って昨晩造っといたが、今朝起きて様子を見たら、糊がやや弱くて、紙と布の端をつまんで引っ張って見たら、パリパリとはがれてきた。慌てて、朝6時から、糊…

本日、出来立てのオブジェ「破れ鍋に綴じ蓋」です。

壊れた鍋にも、それに似合う修理した蓋があるもので、似かよった者同士の結びつきがよいということだ。但し身内がへりくだって使うことばなので、人に向かって使うと失礼になってしまうから要注意だ。辞書には「みにくい者どうしの夫婦がそれ相応にむつまじ…

■11月にJR中央線・日野駅前にある実践女子学園生涯学習センターで「美しい本の話」と題する講座を3回に渡って開催予定。毎回たくさんの本をもっていきますので、実物を手に取ってご覧下さい。

・場所=〒191-0061東京都日野市大坂上1-33-1(JR中央線・日野駅前) ・受講料=3,150円 ・日 程=11月2日、11月16日、11月30日(いずれも10:30〜12:00)・内 容=1.洋装本の伝来と装丁の始まり(11月2日) ─橋口五葉の漱石本とアールヌーボー─ 2.幾何学模様…

斎藤昌三没後に刊行された坂本篤編「はだかの昌三」(有光書房、昭和37年5月)には、死人に口なしとばかりに言いたい放題の悪口が記載されている。ある意味でそのほうが本音の発言なのかも知れないが、大人げない気もする。そんな中に、敢てゲテ本に苦言を呈している長尾桃郎の文章を読んで見よう。

「『書痴の散歩』を筆頭とする一連の随筆集には、多大の敬意を払うに断じて吝かではなかったものの、短いエッセイ、短い論文、短い随想などの収録に、思い切ったよそおいを凝らした装幀を、敢て施す昌三さんの興趣には、どうにも賛意を表し難い私であった。…

私も多いに齊藤昌三のゲテ本に惚れ込んで、ゲテ本を沢山造った。私の場合、普段は書店に並ぶ量産本を造っているので、その反動かどうか手製本は殆どがゲテ本になってしまう。

金属や貝、針金、布などを象嵌した漆塗りの表紙、背は子牛皮。外国のルリュール展出品用に造ったもの。 明治時代のものと思われる板本をばらして表紙に貼込み、そこに刀の鍔を象嵌した。東京造形大学、桑沢デザイン研究所の授業用に見本で造ったもの。角布の…

紀田順一郎氏が「おのれの能力と実績についてのみ世に発言を行った人物」(「蔵書一代 齊藤昌三」、「大衆文学研究」昭和40年)と評するように、齊藤昌三は自己評価の高いナルシストで自画自讃する文章が多い。

◎岩本柯青(和三郎)は、庄司浅水、柳田泉らと同人制で『書物展望』創刊した一人なので、いわば身内の話であるが、昌三の仕事について 「処で、この『書痴の散歩』であるが、御覧の通り内容は多岐多様に互つて斎藤氏の博識を発揮して居り、決してロクなもの…

満員御礼が出された神奈川県立図書館での講演会がいよいよ3日後に迫ってきた。講演原稿のまとめ原稿用紙にして約120枚分、資料の本約40冊の梱包、スクリーンに映しだすPDFデータの作成、会場で配布する講演内容のレジュメなどなど、最後の追い込みに入っている。

インフルエンザさんへ、しばらくはご来訪お断りですからね。

11月にJR中央線・日野駅前にある実践女子学園生涯学習センターで「美しい本の話」と題する講座を3回に渡って開催予定。毎回たくさんの本をもっていきますので、実物を手に取ってご覧下さい。

・場所=〒191-0061東京都日野市大坂上1-33-1(JR中央線・日野駅前) ・受講料=3,150円 ・日 程=11月2日、11月16日、11月30日(いずれも10:30〜12:00)・内 容=1.洋装本の伝来と装丁の始まり(11月2日) ─橋口五葉の漱石本とアールヌーボー─ 2.幾何学模様…

「口と財布は閉めるが得」

「口は禍の門」とか「見ざる言わざる聴かざる」などなど、口は慎まなければ。「腹に一物背に荷物」と、恨みもたくらみも腹の底にしまっておくべきか。でも、そうすると腹が黒くなってしまいそう。

「猫を追うより皿を引け」

どこかの政党のばらまき策のように、目先のことばかりに気を取られ、その場限りの解決策で乗り越えず、根本的な対策をたてて解決しなければね。

「先んずれば人を制す」

出世するにはこうでなければね。基本的にこのテーマは、私に合っていないのかもね。そこんとこが一番の問題なのかな。この写真は何回撮影しても失敗で、とうとう使用するのをあきらめてしまった。失敗作も掲載しろだって? 決まったと思っていたが、拡大して…

「ささやき千里」

悪事千里を走るなんて言うが、悪い話ではなくとも、「ここだけの話にしておいてね」と念を押して言ったはずの話を、廻り回って全く関係のない人から「ここだけのはなしですけどね……」と、聞かされてしまったりすることって、だれだって1度くらいは体験ありま…

「クリスマスリース工房」

早朝散歩をしていたら、公園の隅で、こんな光景を目撃してしまった。まさに早起きは3文の得っていうじゃなぁい。早起きじゃなく、朝帰りじゃないのかって? 夢の中で、夢なら覚めないで欲しいと願ってしまった。

「馬には乗って見よ人には添うて見よ」

っていうじゃなぁい。でも、絶対に間違ってはいけません、馬に添うたら蹴られるし、人に乗ったら捕まりますからね。

最近のオブジェ「Fairyたち」から……

普及版でもこの見事なゲテぶり『魯庵随筆 読書放浪』(書物展望社、昭和8年5月)

いつものゲテ本の例に漏れず、今回は古い新聞紙を用いた装丁である。この本は、普及版第二刷500部刊行のもの。ちなみに第一刷は昭和8年4月に1000部刊行している。わずか1ヶ月での増刷である。 巻末に、斎藤は装丁について、 「裝幀は第一随筆集の普及版に紙…

◎斎藤昌三『第八随筆集 新富町多與里』(芋小屋山房、昭和25年1月1日)。背皮に当たるものが無く、どことなく弱々しい製本で、おせじにも、製本としては褒め言葉がない。

『新富町多與里』表紙 『新富町多與里』函 斎藤昌三の装丁本は手に入れたときに、いつも感動させられる。斎藤昌三『第八随筆集 新富町多與里』(芋小屋山房、昭和25年1月1日)も、そんな刺激的な装丁の本だ。 函には、手書きの生原稿が貼ってある。斎藤昌三…

紀田順一郎氏が「おのれの能力と実績についてのみ世に発言を行った人物」(「蔵書一代 齊藤昌三」、「大衆文学研究」昭和40年)と評するように、齊藤昌三は自己評価の高いナルシストで、自画自讃する文章が多い。が、ここでは賞讃された文章を紹介する。岩本柯青(和三郎)は、庄司浅水、柳田泉らと同人制で『書物展望』創刊した一人なので、いわば身内の話であるが、昌三の仕事について

「処で、この『書痴の散歩』であるが、御覧の通り内容は多岐多様に互つて斎藤氏の博識を発揮して居り、決してロクなものぢやあないなどと、一口に片附けられる代物でないことは、これでお判りであらう。装幀も叉例によって斎藤氏一流の奇抜な考案と、製本屋…

ゲテ本装丁家は齊藤昌三だけではない。ツワブキの葉の部分に漆を使った橋口五葉:装丁、夏目漱石『草合』(春陽堂、明治41年9月15日)。函には小包に使われる梱包用の紙を使い、表紙は馬糞紙と呼ばれる茶ボール紙をそのまま使った、谷崎潤一郎『攝陽随筆』(中央公論社、昭和10年5月)。杉皮を使った吉井勇『わびずみの記』(政経書院、昭和11年)。大量印刷本では珍しいゲテ本、朝日新聞で使用した紙型を函に利用した『朝日新聞七十年小史』(朝日新聞社、昭和24年1月)などなど、『草合』以外は齊藤昌三のゲテ本の影響を受けたものと

それまでの革、布、紙を使うのが当たり前であった装丁に対する概念を全く変えてしまい、広い範囲で装丁資材を使えるようにしたことは、造本界に新たな可能性を樹立したことであり、齊藤昌三の大きな手柄といってもよい。 橋口五葉:装丁、夏目漱石『草合』(…

ドクダミを描いた高雅な装丁の木下杢太郎『雪櫚集』(書物展望社、昭和9年)は自著に木版画を用いた唯一の本だ。

木下杢太郎『雪櫚集』(書物展望社、昭和9年) 「仙台にゐた時は閑が多く、しばしば庭の野草木を写生した。そこに越してくると、想ひがけぬ木の芽、花の蕾が時々に姿を現はし目を喜ばした。昭和九年の拙書『雪櫚集』は半ば其庭の写生文を集めたものであり、…

北原白秋『きょろろ鴬』(書物展望社、昭和10年)、二十数度手摺り木版表紙の木下杢太郎『雪櫚集』(書物展望社、昭和9年)は装丁史に残る大傑作といってもよい見事な装丁だ。資材ヘのこだわりではなく装画に頼った本は昌三の好みではなかったのかも知れないが、書物展望社の本には装画を使った美しい本がたくさんある。

白山春邦:装丁、北原白秋『きょろろ鴬』(書物展望社、昭和10年)、製本:中村重義 白山春邦:画、北原白秋『きょろろ鴬』(書物展望社、昭和10年)口絵 白山春邦:画、北原白秋『きょろろ鴬』(書物展望社、昭和10年)扉絵 北原白秋「巻末に」には、 「装…

もう一人のゲテ造本製本家内藤政勝。『ゲテ雑誌の話』、『日本好色燐票史』など、書物展望社以外で刊行された齊藤昌三のゲテ本の多くは内藤が担当した。

自著を製本する『造本小僧』(水曜荘限定版刊行会、昭和28年8月31日)、第三の紙ユーパールを使用若山八十氏『魔法の鳥』(書物展望社、昭41年)等の内藤の仕事ぶりをみてみよう。 内藤政勝:造本、内藤政勝『造本小僧』水曜荘限定版刊行会、昭和28年8月 内…