◎斎藤昌三『第八随筆集 新富町多與里』(芋小屋山房、昭和25年1月1日)。背皮に当たるものが無く、どことなく弱々しい製本で、おせじにも、製本としては褒め言葉がない。


新富町多與里』表紙



新富町多與里』函


斎藤昌三の装丁本は手に入れたときに、いつも感動させられる。斎藤昌三『第八随筆集 新富町多與里』(芋小屋山房、昭和25年1月1日)も、そんな刺激的な装丁の本だ。 函には、手書きの生原稿が貼ってある。斎藤昌三の原稿だろうか。これは1冊しかないという事を強調しているのだろう。「限定300部之内第81号本也 少雨荘(サイン)」とあるので、これ1冊だけしかないというような細工を施してあるのだろう。


◎紙型を使った装丁
表紙は、紙型(しけい)という、活字を組んで、印刷用の鉛版を作るときに使用する厚紙でできた、凹版である。一度校正刷りを印刷しているので、紙型にはインクが写っており、文字が読める。『秋水詩稿』に付いての話を印刷したときのものらしい。題簽は鉛でできていて、これは、鉛凸版と呼ばれるもので、印刷の活字のようなもの。つまり文字は鏡文字になっている。角背だが、背革(あるいは背布)がなく、折丁をまとめた背の部分に薄紙を貼ったままになっている。製本としては壊れやすいのであまりお勧めではないが、不断見る事のできない資材を使用したのは奇をてらった面白さがある。斎藤昌三の不用品の再生というコンセプトも見事に貫徹されている。


◎本文は片面刷り二つ折り
さらに、この本文はなんと洋装本であるにもかかわらず、和本のように本文紙は片面刷り二つ折りなのだ。更に和本と違って山折の部分が背になっており、小口側は、ぺらぺらと開くようになっている。そのため、見開き毎に真っ白な頁が交互に登場するのである。つまり、開いたときの蝶々が飛び立つように見える胡蝶本のようなものである。


城市郎『発禁本曼荼羅』には「斎藤昌三第八随筆集で、昭和二十五年一月一日、芋小屋山房から限定三〇〇部として刊行されたものである。表紙は古紙型装胡蝶綴、題簽の鉛板を表紙左上に嵌入、原稿貼付外函入、菊変型判」とあり、初心者には、なかなかわかりにくい言葉の羅列だが、的確に言い表している。こんな装丁、冗談もいい加減にして欲しい、と書物は読むものとだけ考える一般人なら怒り出すところだろう。しかし、私には嬉しい仕掛けなのだ。これだからこそ斎藤昌三の限定本といえるのである。正に戦前から続く前衛的装丁の代表作といえる作品である。