「やつし」に似た痛快さが人気の秘密


縄田和夫編『時代小説・十二人のヒーロー』(新潮文庫、平成7年)では、「身体的な障害者が土壇場に至って超人的なヒーローに転ずるのも、一種、歌舞伎の『やつし』にも似た面白さを伴っている」といっている。


多田道太郎も『林不忘』(『カラー国民の文学』河出書房、昭和43年)の解説で、縄田と同様に、「丹下左膳になぜ大衆の人気があつまったのか。それは彼が片目片腕だから、という説がある。……不具とはふつう劣弱を意味する。しかし、この左膳の世界では、加地は逆転する。弱いものは弱くない。劣ったものは劣っていない。ここにおそらく、大衆のもっとも秘められた心情がある。地獄絵さながらの青鬼、丹下左膳は大衆の鑑定形の怒りと恨みの具象化というよう。」と、人気の理由は既成概念をどんでん返しするところにある、と分析している。