今回入手した林不忘『一人三人全集 大岡政談』(新潮社、昭和8年)こそが、丹下左膳誕生の話が書いてある本で、最初は脇役として登場した左膳だが、主役を食うほどの人気が集まり、終いにはタイトルさえも「丹下左膳」となってしまった、という話の出発点なのだ。


先週、高円寺の古書市で、神保町の古本屋「玉晴(きゅうせい)」さんに会い、『一人三人全集』を探しているんだが、なかなか見つからない、という話をしたら、「うちにあったような気がするので、探してみます」といって見つけてくれたもの。東京古書会館では9,000円で売られていたが、私はその1/3程の価格で入手させてもらった。


この本を購入した目的は、もちろん挿絵なのだが、期待に反して、挿絵は10点しか入っていなかった。何とか、新聞掲載時の丹下左膳を見つけたいものだ。


林不忘はこの全集全16巻の完結(昭和10年6月)を見届けると、その後間もなく、心臓麻痺で突然、6月29日に35歳という若さで他界してしまう。林不忘はこの年、鎌倉小袋坂、鶴岡八幡宮西の小山の中腹一千坪の敷地に、建坪二百坪の純日本風数寄屋造りのいえを建て住み始めたばかりでもあった。昔からいえを建てる時は要注意なんて言われていた。



林不忘『一人三人全集 大岡政談』(新潮社、昭和8年



挿絵:小田富彌『大岡政談』(新潮社、昭和8年)、丹下左膳の登場



挿絵:小田富彌『大岡政談』(新潮社、昭和8年



挿絵:小田富彌『大岡政談』



これだもんね。どうよ、この迫力は。主役を食ってしまっても無理はない。もしかして、小田富彌は初めから丹下左膳を主役にしてしまえと言う魂胆があったのではないだろうか。そんな思いにさせられるほどに、富彌の左膳は歌舞伎役者のように魅力的だ。



挿絵:小田富彌『大岡政談』(新潮社、昭和8年)、丹下左膳の最後



挿絵:小田富彌『大岡政談』、これで最後のはずなのだが……。



私は小田富彌が描く丹下左膳を見ると昭和30年代後半の頃に人気があったTV西部劇「ライフルマン」をおもいだす。「♪どこからやってきたのやら、いかつい顔に優しい目〜♪」この「いかつい顏」というのがライフルマンと丹下左膳の共通点なのかななんて思い出していた。福島県(奥州相馬藩)からやってきた、新沼謙治千昌夫のように東北なまりのあるニヒルな男・丹下左膳


不忘は亡くなる時に、3つのペンネームを使い分けながら、下記のような9本もの連載を抱えていたという。
谷譲次『新巌窟王』(日の出)
牧逸馬『悲恋華』(講談倶楽部)
牧逸馬『大いなる朝』(キング)
牧逸馬『双心臓』(報知)
牧逸馬『虹の故郷』(主婦の友
林不忘『犬娘』(主婦の友
林不忘『蛇の目定九郎』(富士)
林不忘『時雨伝八』(キング)
林不忘『白梅紅梅』(主婦の友


亡くなる当日は、徹夜で原稿を書き上げ、午前10時頃に就寝して、枕元にきた婦人と二言三言会話を交わしている最中に突然亡くなってしまったという。


仕事はそこそこにしなければね。早死にしては元も子もない。もっとも、既に林不忘より20年以上も長生きしてしまっている私は、仕事はそこそこにして、ストレスもなくのんびり生きている何よりの証拠かも。