堂昌一が描いた昭和40年代の表紙絵を見てみよう。明治から戦前昭和期の雑誌の巻頭に三つ折りの巻頭口絵がついていた頃は、画家は挿絵を描くのはよくないこととされていたが、巻頭口絵だけは例外だった。巻頭口絵が雑誌の巻頭から無くなると、表紙を担当することが挿絵画家の新たなステータスともなってきた。遅咲きの大輪の花といわれる堂昌一も、40歳を迎える昭和40年代には月刊誌の表紙を描いていた。



堂昌一:画、「剣豪列伝集」(双葉社、昭和41年10月)



堂昌一:画、「剣豪列伝集」(双葉社、昭和41年10月)



堂昌一:画、「大衆小説」(双葉社、昭和42年7月)



堂昌一:画、「読切文庫」(双葉社、昭和43年2月)



堂昌一:画、「大衆小説」(双葉社、昭和47年1月)



堂昌一:画、「大衆小説」(双葉社、昭和47年5月)



堂昌一:画、「時代物読切」(駿河台書房、昭和49年3月)