バックスキンやビロードを使った装丁

私が手製本を始めたきっかけは、バックスキンやビロードを使って製本し、暖かみのある本を作ってみたいという思いがあった。
しかし、そんな思いは教室に通いはじめた最初の日に打ち砕かれた。


ルリュールで使う布や革はほぼ決まっていて、それ以外の資材を使うことは許されることではなかった。ヤギさん1番、子牛が2番、羊はやくざなやんぴーよ、と、どこかのカステラのコマーシャルソングみたいに。


しかし私の製本に対する興味はそんな伝統技術を身に付けることにはなく、皮膚感覚で感じることが出来る感触がいい本を感覚的に感じたいということだった。しかし、具体的にはどうやってそんな意図を伝えたらいいのか、どうやったら表現できるのか、皆目見当もつかなかった。


今になって思い返してみると、本という物を好きになるということは、視覚的な情報から作られていく感覚ではなく、もっと触覚的な感触によって構築された感覚を大切にした記憶のようなもので作ることを大切にすべきなのではないかと思った。


かつて、大好きな本を、「頬ずり本」と呼んだが、それは頬で感じることではなく、好きという思いを頬ずりという行為で表現しただけのことであるが、今は頬を使って感じることが出来る本を作りたいと思っていたのではないかと解釈している。皮膚感覚で感じる本を作るということは指先で感じることが出来る本ということなのかもしれない、ということに気がつきはじめたのだ。


スエードやビロードのもつ、ふっくらとして柔らかく暖か味のある感触をもつ本こそが「頬ずり本」なのである。乳幼児や異性の肌が心地よいと思う感覚も、視覚からの情報だけではなく頬や指先から伝わってくる皮膚感覚から得られた情報を元に作られた記憶なのである。