先月は、橋口五葉:装丁、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』(大倉書店、大正13年2月98版〈明治44年7月初版〉)についてのコメントを、ということだった。



橋口五葉:装丁、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』ちりめん紙を使った表紙(大倉書店、大正13年2月98版〈明治44年7月初版〉)



橋口五葉:装丁、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』タレ部分(大倉書店、大正13年2月98版〈明治44年7月初版〉)



橋口五葉:装丁、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』天金部分(大倉書店、大正13年2月98版〈明治44年7月初版〉)


これは『吾輩ハ猫デアル』袖珍本のデザインを利用した革製のブックカバーを商品化し、その解説文だったわけだが、「千葉市美術館で7/31まで行われている〈橋口五葉〉展ではおかげさまで、革ブックカバー一週間販売で15部販売しました。7000円での販売を考えると比較的売れたほうだと思っています。」とのメールがはいった。


私が送ったコメントは下記の通り。
「橋口五葉:装丁、中村重義:製本
夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』縮刷袖珍本(大倉書店、明治44年7月2日発行)

 まだ手作業が多い明治末期の製本工程だが、一体誰がこの完成度の高い豪華な西洋式製本を手がけたのか? 大正15年刊の『吾輩ハ猫デアル』縮刷袖珍本の奥付には「百十八版発行」とあり、発行部数も驚異的だ。表紙に記された落款から、装丁は五葉の手になることが分かるが、実際に製本を手がけたのは誰かということについては、どにも記されていない。


しかし、これが思い掛けないところから知ることができた。「彼(中村重義)は十三歳で銀座の山岸製本所の見習工となり、二十六で独立して神田に工場を持った……予(斉藤昌三)が彼を話せる男と知つたのは漱石の『猫』(『吾輩ハ猫デアル』)の縮刷版を、彼が手がけたことがあると知つてからである。」(斉藤昌三「少雨荘の背景」、「書物展望」昭和9年12月号)という斉藤が「ゲテ本」と呼ばれる書物展望社の一連の書物を手がける切っ掛けについて書いた文章によって中村が製本をしたことが分かった。


 造本体裁は、ちりめん装たれ付上製本、三五版、天金、凾付。見返しやカットも五葉の作。「ちりめん装」とは、着物のちりめんのように和紙に細かいしわ加工を加え、風合いや強度を増したもの。中村はさらに柿渋を塗り湿度にも強い装丁資材へと手を加えて用いた。
 「たれ付」とは、表紙に柔らかい資材を用い、天地、小口の三方を本文の寸法より1cmほど大きく作り、本文を包むようにコバを折り、持ち歩いても本文紙が痛まないようにしたもので、聖書や教典などに用いられることが多い製本様式。


 アールヌーボー調を取り入れた五葉のデザインもみごとだが、風合いのあるちりめん紙に金箔押しと朱色の色はく押しを施した製本が一体となって、装丁に関して評判の高い明治38年刊行の単行本に負けない香気溢れる華のある魅力を醸し出している。この本は、漱石本の縮刷袖珍本シリーズのさきがけとなったが、五葉が担当したのはこの1冊だけで、後は津田清風の装丁で刊行された。」



「吾輩ハ猫デアル」革製ブックカバー、シルクスクリーン版、空押し版(便利堂、2011年)定価7000円


「吾輩ハ猫デアル」革製ブックカバー裏面
greatbritain0219@msn.com 便利堂