少雨荘桃哉は斎藤昌三の号

shinju-oonuki2005-10-31

 
亀山巌装丁、坂本篤補注、斎藤昌三『36人の好色家』(坂本篤、昭和48年)は、昌三没後12年目に坂本篤の補注を加えて発行されたもので、「少雨荘桃哉」の項が面白いので購入した。昌三が、ゲテ本にはまるきっかけになった本の話が書いてある。
 
その部分を一部引用させてもらうと、こうだ。《昌三が、珍装幀家といわれる最初の本は、山中笑翁の『共古随筆』であろう。山中笑翁は甲府の教会の牧師も勤め、後に出版された『甲府の落葉』なる稿本もあったことより、山梨より蚕の種紙の利用を思いついて、私は、昌三にすすめた。さてとなると甲府近所では思うようなものがなく、結局いも仲間の福島県の館岡春波や富士崎放江の世話で集めてもらった。一枚二銭だったと記憶する。元来この種紙の桝形の中には福、寿などお目出たい漢字が刷ってあるのだが、昭和の初めにはもはや洋数字の番号入りで少々興はそがれたものの、珍奇な表紙として読者から喜こばれた。本の扉には昌三装幀とした。これ以前の昌三の著書では『性的神の三千年』にしろみな平凡な装幀だったが、これが動機となってか、後の昌三が手がけた本には破れ傘の利用とか奇に走ったものが多くなった》とあり、ゲテ本の最初は『共古随筆』だったようだ。