名取春仙の装丁について春仙自身が、随筆を残しているので転載させていただこう。

「装釘の思い出  名取春仙
 始(*まま)めて単行本四六判の装幀をしました処女作の記憶として、廣文堂大倉氏創業当時訳三十年前『一家の営』と題した、確か浮田和民博士か何かのものと覚えます。『人格と品位』というのも其頃と覚えますが、当時としては相当モダンだつたと思ひます──敷島の袋や朝日の煙草の袋の意匠をその侭応用してる様な時代として──。又、自負するに足る物としては、同店の高島平三郎著『児童心理講話』菊判の初版、撫子を独逸式のデザインにしたもので、著者の駄目が出たりして苦心しただけ相当見られたものでした。



名取春仙:装丁、浮田和民『人格と品位』(廣文堂書店、大正元年



名取春仙:装丁、高島平三郎著『児童心理講話』(廣文堂書店、明治42年


自装中会心の作として有楽社から出た渋川玄耳氏『世界見物』菊判、春陽堂泉鏡花氏『白鷺』中村古峡氏『殻』小川未明氏『魯鈍な猫』田山花袋氏『平通盛』(京文堂?)等でせう。近頃は少なくなりましたが、約三十年の間ですから恐らく四畳半や六畳の書斎だつたら一杯に積む位は手がけて居ります。



名取春仙:装幀、渋川玄耳『薮野椋十世界見物』(有楽社、明治45年)



名取春仙:装幀、泉鏡花『白鷺』(春陽堂明治43年



名取春仙:装幀、中村古峡『殻』(春陽堂大正2年


装幀に興味を持った最初は夏目先生の『吾輩は猫』の初版に故橋口五葉君の一躍名を成したよさに刺戟されたのと、故平福百穂氏や、結城素明氏の指導により欧米のよいものを参考とした事に俟つ所が多かつたと思ひます。(つづく)