石井鶴三が印刷メディア登場するのは、日本美術学校彫刻科に在学中、北沢楽天が主宰する『東京パック」に、風刺画や風俗画のコマ絵の画家として寄稿することから始まる。この頃の鶴三を詳しく紹介している尾崎秀樹『東京パック時代」(『石井鶴三全集第一巻』形象社、昭和63年)に見てみよう。


●石井鶴三『東京パック』時代
 北沢楽天主筆「東京パック」は、明治38年4月創刊。石井鶴三は明治39年5月より廃刊までの8年間、漫画記者として参加した。その間に「東京パック」から「フレンド」「家庭パック」にも執筆、「楽天パック」が大正2年で廃刊になるまで、主として世相・風俗を描いて好評を得る。「東京パック」初期の絵は各自のサインがあり、鶴三の絵にもツルを象形化した「Tur」「ツル」等のサインがあるが、のちいずれも無署名になる。


「『東京パック』ははじめ半月刊だったが、間もなく旬刊となり、発売1年たたないうちに三万をこえ、やがて十万部を記録するまでに至る。そして漫画雑誌ブームの引き金ともなり、『うきよクラブ』『上等ポンチ』『大阪パック』『滑稽界』『笑』等が、相次いで創刊される。
 はじめは楽天が殆ど独りで描きまくっていたが、間もなく山本鼎が加わり、さらに石井鶴三が参加し、坂本繁二郎、川端昇太郎(龍子)、平岡権八郎、森田太三郎、当舎(あたりや)勝治、原誠之助、近藤浩一郎、益田太郎冠者、尾崎彦磨、朝賀大麟なども協力するようになる。漫画の書き手の募集広告も出て、人材を集めた。
 北沢楽天は『東京パック』で活躍した若い書き手にふれ、石井鶴三については『同氏は彫刻部に在学の傍ら漫画を描かれたが重厚な性格の人で非常に考え深く、いつも含蓄のあと漫画を描いた』と回想している。」(尾崎秀樹『東京パック時代」、『石井鶴三全集』)楽天が言っているように、鶴三は最初から機知に富んでユーモアのあるコマ絵を表情豊かに描いている。



石井鶴三:画、「蒼生を奈何」(「東京パック」1908.2)



石井鶴三:画、「大隈伯の温室」(「東京パック」1908.4)



石井鶴三:画、「今様三人上戸」(「東京パック」1908.5)



石井鶴三:画、「近眼婆の気絶」(「東京パック」1908.8)



石井鶴三:画、「くさめの競争」(「東京パック」1908.5)



石井鶴三:画、「だからお乗りなさい」(「東京パック」1908.5)



石井鶴三:画、「悪戯とも知らぬ盲目の悲しさ」(「東京パック」1908.5)



石井鶴三:画、「紅葉はお留守」(「東京パック」1908.11)



石井鶴三:画、「新兵の汗」(「東京パック」1909.1)



石井鶴三:画、「信州所見」(「東京パック」1909.2)



石井鶴三:画、「呼んで来た男を眺めあなた着物が裏返し」(「東京パック」1909.2)



石井鶴三:画、「芸子の増税」(「東京パック」1909)


「明治末の大逆事件を機に、時代の風潮は反動化し、『東京パック』も政治漫画から風俗漫画へと比重を移し、新たに小川治平、幸田純一、下川凹天などが加わるが、経営者の中村弥三郎がつまずき、楽天が有楽社と切れて独自に『楽天パック』を発行するようになっても、石井鶴三は変わらず、楽天と行動をともにし、大正二年の廃刊までつづく。鶴三は社会人としての楽天の長所は認めながら、その影響は受けず、むしろその反対に世間から遠ざかり、人間を厭う気持を助長させる道を進んだと回想しながらも、楽天に対して終生かわらない交友を保ちつづけた。『楽天パック』の廃刊後は、彫刻の勉強に専念するが、大正五年十二月に創刊された近藤浩一郎や小川治平らの『トバエ』には参加し、『新兵の教練』や『みぐるしいナリでかさなる村相撲』等を寄せている。」(尾崎秀樹『東京パック時代」、『石井鶴三全集』)


「そして大正七年には田村松魚の『歩んできた道』(やまと新聞)の挿絵を兄の柏亭と交代で描き、はじめての新聞小説の仕事となった。この時期松魚は妻の俊子とは別居中で、やがてこの連載のおわる頃に新しい恋人鈴木悦の後を追って渡米する。作中の松魚、豊子は俊子と等身大に描かれた作品だった。
 なお上司小剣との関係が生まれるのも、小剣の『森の家』(『婦人公論』大正八・六〜十一月号)からだ。小剣は鶴三の画風にひかれ、やがて最初の新聞小説『花道』(時事新報)の挿画を指名する。これが小剣の代表作『東京』(愛欲篇)とのコンビを生む機縁ともなった。」(尾崎秀樹『東京パック時代」、『石井鶴三全集第一巻』)



上司小剣『森の家』(『婦人公論』大正8・6〜11月号)



上司小剣『森の家』(『婦人公論』大正8・6〜11月号)



上司小剣『森の家』(『婦人公論』大正8・6〜11月号)



上司小剣『森の家』(『婦人公論』大正8・6〜11月号)



上司小剣『森の家』(『婦人公論』大正8・6〜11月号)