伊上凡骨は、与謝野晶子『小扇』(金尾文淵堂、明治34年)、与謝野鉄幹・晶子『毒草』(本郷書院、明治37年)などで、彫師としてだけではなく、新たな版画の技法を創出して歴史に名を残す事になった。彫師の立場からの表現の可能性を追い求めた。具体的にいうと、藤島武二が描いた原画のもつパステル等のタッチを木版画でそのままに再現しようとしたのである。つまり、彫版の技法そのものが美術としての版画を創出できると考えていた。彫りの技法を高める事による、絵師、彫師、摺師の共同制作になる複製物制作という伝統的な木版画から、美術と



藤島武二:装丁、与謝野鉄幹与謝野晶子『毒草』(本郷書院、明治37年
刺激的なタイトルからは、二人の思い入れの程がうかがえる。読を振り撒く本というような意味合いがあるのだろうか。
朝鮮朝顔、毒茸、浦島草などの毒を含む植物を配している。チョウセンアサガオ朝鮮朝顔、学名:Datura metel)は、ナス科の植物。 園芸用にはダチュラの名で広く流通しており、マンダラゲ(曼陀羅華)、キチガイナスビの異名もある。世界初の全身麻酔手術に成功した江戸時代の医学者、華岡青洲が精製した麻酔薬がアトロピンを含んでいる本種を主成分としており、過去には鎮痙薬として使用された。



与謝野晶子『毒草』の挿絵「朝」、原画にある中間調やパステルのタッチを出すなどの工夫が見える。


しかし、山本鼎藤島武二の絵を版画として再生するこれらの活動を批判して「我々の感情は強水に交はつて銅版を噛むのである。我々の感情は彫刀に伝はつて木版を刻むのである。我々は水彩画パステル画の不適切なる複製に木版師を困らせるの愚を敢てしない」(「方寸言」、『方寸』第2号、明治40年)と、書いている。
つまり、自ら絵を描きその絵の版に彫刻刀を通して感情を刻み込む事によって、作者の内面性の表現へと高める事が出来る。と主張し、内面性の表現が欠如している単なる彫版を批判している。