ジャケット=山口将吉郎:装画「平基盛」、白井喬二『源平盛衰記 清盛の巻』(大日書房、昭和25年)、将吉郎54歳の時の作品。『少年倶楽部』から高畠華宵が去ってしまい、その後釜として将吉郎など多くの画家が迎えられ、将吉郎はこの時の『神州天馬侠』(講談社、昭2年)で有名になった。それから23年経っている。戦前の将吉郎の絵に比べるとどことなく力が弱い感じがする。
表紙=黒田千吉郎:装画「為朝」
山口将吉郎:装画「義経」、白井喬二『源平盛衰記 義経の巻』(大日書房、昭和25年)
表紙=黒田千吉郎「八嶋の源氏」
「鵯越(ひよどりごえ)」だろうか、構図としてはこの絵が一番躍動感を感じて、いいですね。このシーンは、内容とのリンクも決まっていますね。
ジャケット=山口将吉郎:装画「壇之浦の義経」、白井喬二『源平盛衰記 頼朝の巻』(大日書房、昭和25年)、やっぱりここでは、「義経の八艘飛び」を表紙絵にして欲しかったですね。
表紙=黒田千吉郎:「源頼朝」
絵:穂積稻夫
本文中の「鵯越」をみてみよう。能登守教経(のとのかみのりつね)は、敵の大将・義経を道連れにせんと欲し、義経の船を見つけてこれに乗り移った。義経は、平家にその人ありと知られた彼の陸戦の名将である能登守教経との戦いを避けて、逃げるように見方の船に飛び移るシーンだ。
世に言う義経の「八艘飛び」の絵だ。せっかくのクライマックスなのにこの絵ではちょっとしょぼいですね。これでは単なる説明図でしかない。編集者が悪かったのか、表紙絵も本文中の挿絵も今一つうまく内容を表現していない。
山口将吉郎に、特に興味を持っていたわけではないが、最近1920〜30年代の時代劇に魅かれて、小田富彌や中一弥、伊藤幾久造、岩田専太郎など、少しずつ集め始めた。叙情画にも興味が広がっていき、高畠華宵や蕗谷虹児、加藤まさをなどの男性が描いた少女像にも手を広げ始めました。