大貫伸樹の造本探検隊39(書物展望社「扇」)

shinju-oonuki2005-09-29

呉文炳『随筆 扇』(書物展望社昭和15年)の本文用紙は、ちりめん紙が使われているのでははないかと思われる。雰囲気としては、レストランでフォークなどをくるんでいるあの皺(しわ)がある紙は、檀紙(だんし)というのだが、これによく似ている。
 
ちりめん(縮緬)とは、絹織物の一つで、経糸(たていと)に撚(よ)りのない生糸を、緯糸(よこいと)に強撚糊付の生糸を用いて、平織りに製織した後に、ソーダをまぜた石鹸液で数時間煮沸すると、縦の撚りが戻ろうとして布面に細かく皺をたたせた布ができる。細かい粒々のようなテクスチャーがある布である。
 
縮緬紙とは、和紙に縮緬のに似せた皺を寄せた紙のことである。版画を押しもんで、さも縮緬に描いた絵のような感じを出したものを縮緬絵と呼び、明治時代末から大正時代にかけて、このような紙を使った本が輸出用にたくさん作られた。これを縮緬本という。
 
『随筆 扇』の外装は、薬嚢といって加薬を入れる袋に使われた丈夫な布を使った布装上製本だ。何の変哲もないオーソドックスな造本に仕上がっているが、問題は、この本文紙である。縮緬紙は皺だらけなので、紙面がちらちらして文字が読みにくい。
 
縮緬本の場合は、錦絵などが中心で、文字は大きめの活字で印刷されており、字数も少ないので、読むのにさほど抵抗がないかも知れないが、普通の書籍に使われているような大きさの文字で、組まれた本文は、読むのにとても疲れる。想像できない人は、試しに新聞をしわくちゃにして読んでみて欲しい。
 
紙はとても丈夫だと言われているが、どうしてこんな紙を本文用に選択したのか、理解に苦しむ。何かやらねばといういうプレッシャーが、数々の名装丁を生み出してきた斎藤昌三の感性に狂いを生じさせたのだろうか。大失敗作のように思える。