『少年世界』は日本画家が挿絵に積極的にかかわった

【捨てられない本】『少年世界』は、1895年(明治28年)1月に創刊し、1933年(昭和8年)頃まで博文館が出版した少年向け総合雑誌。京都『日出新聞』の小説主筆をしていた巌谷小波主筆に迎え、1895年(明治28年)1月に、『少年世界』を創刊した。武内桂舟が絵画主任を勤め、五姓田芳柳・水野年方も描いた。武田桜桃が編集の助筆だった。

『少年世界』第5巻第6号、(博文館、明治32年
「少年世界」第9巻第2号、(博文館、明治36年


主筆小波が、毎号の巻頭にお伽話を載せており、写真❷の竹内桂舟:画、漣山人「猪熊入道」もその例で、それまでは浮世絵師たちが描いていた挿絵を、日本画家たちが印刷物の挿絵に積極的にかかわっていくようになった初期の作品といえる。


挿絵史を語るには欠かせない冊子で、6冊ほどを自宅に持ち帰ってきた。

竹内桂舟の手になる「暁春の頭社」(「少年世界」第9巻第2号口絵、明治36年