臆病なハンプティ・ダンプティ『ラウラとふしぎなたまご』

ビネッテ・シュレーダー『ラウラとふしぎなたまご』(岩波書店、2000年)を図書館から借りてきた。シュレーダーの絵本は人気があり、古書でもなかなか入手できないようで、見付けても絵本としては結構高い。内容は至極シンプルで人気のワケがわからない。


「ふしぎなたまご」というのがまさにハンプティ・ダンプティそのものが実名で登場する。タマゴが割れて鳥になるというハッピーエンドな明るさは、本来の「元には戻らない」というペーソスがなくなって全く別の話しになっている。なぜハンプティのキャラクターを臆病なタマゴとして登場させなければならなかったのか?