円本全集はあまりにもたくさんの全集がでたので、多かれ少なかれ、どの全集もよく似た企画の他社本との争いがあった。中でも最も烈しく戦ったのが、北原白秋が編集するアルス刊行『小学生全集』二冊セット函入りで1円と、菊池寛編集の興文社、文藝春秋社刊行『日本児童文庫』1冊35銭だろう。その烈しい争いの序盤戦となる広告の一部をご覧下さい。



装丁:恩地孝四郎、『日本児童文庫』(アルス、昭和4年)二冊セット函入り



(左)装丁:田中良、『小学生全集』(興文社、文藝春秋社、昭和4年
(右)装丁:加藤まさを『小学生全集』(興文社、文藝春秋社、昭和2年)。1冊毎に装丁家が変わり、それだけでも豪華な印象がある。


モニターでは文字が読めないのが残念だが、北原白秋のアルスでは「全日本一千萬兒童の父兄の方々!!謹んで御子様方の御進級御入学を御祝ひ申し上げます 全日本五十萬兒童教育家の方々!! 皆様の日々の尊い御務に對し敬意と感謝を捧げます!!」と、まだライバル他社を意識していないようで、誹謗中傷をするような言葉は見当たらない。



昭和2年4月25日、東京朝日新聞掲載『日本児童文庫』新聞広告




昭和2年4月27日、東京朝日新聞掲載『小学生全集』新聞広告


一方「僅かに敷島二個にすら足らぬ安價で、此の厖大な、そして内容の立派な、美しい全集を、児童に與へ得る人々は眞に幸福である。」と菊池寛があおる。「敷島二個」って何だろう。煙草の銘柄に敷島というのがあるが、お金を払うのは父親かも知れませんが、児童書の価格の例としてはどんなもんだろうか菊池寛さん。


さらに、ライバル社を意識して「豫約出版の註文に一番大切なのは発行元の信用です。初めは如何におおきな廣告をしても、中絶したり、遅延したりしたならばそれは豫約者の御損です。教科書出版書肆として五十年間信用最も厚い興文社と菊池寛先生主宰の下に日本出版界の記録破りたる文藝春秋社の信用は、慥に皆様の御安心を買ふのに充分な資格があると信じます。」と、敵対心むき出しのかなり攻撃的なキャッチコピーを掲載している。


両方の企画に関係していた芥川龍之介にとっては、大変迷惑な事件になってしまったようで、この二人の争いが芥川自殺の遠因とも言われている出版史上最大の大事件に発展していく。