恩地孝四郎装丁『涙』他

東京古書会館の向かいにある八木書店で仕事の打ち合わせをした後、そのまま帰社するわけがない。帰ろうとは思っているのだが足が勝手に古書会館の中に向かってしまう。今日の収穫は、恩地孝四郎装丁、『曽我廼家五郎全集第二巻 涙他七篇』(アルス、昭和5年)。この本は、古書市に行くと毎回のように転がっているといった表現がぴったりなくらい、よく見る本だ。でも函に入っているのを見ることはなかった。



裸本(函やジャケットがなくなってしまった本)で見ているときは、まさか恩地が装丁したものだなんて思いもしなかったし、手にも取らなかった。今回、函のデザインに恩地のトレードマークともいえる●印があったので、もしかして恩地の装丁かも? とおもい半信半疑で手に取ってみた。


すると、なんとしっかりと「装幀 恩地孝四郎 前川千帆」と記されているではないか。昭和5年に発行された全集なので、おそらく円本全集ブームの最後期のものなのだろう。表紙はベッチンと呼ばれる布装で、電車の椅子などによく使われている布だ。装丁者名が二人になっているのは、この布に押されている銀箔押しの似顔絵を描いたのが前川千帆なのだろう。


私はこの布の手触りが大好きで、一度、ルリュールの教室で「ベッチンを使った装丁をやってみたい」と申し出たら、お師匠さまにこっぴどく説教された。こんな安っぽい布を使ってルリュールをやってはいけない、革もやくざのヤンピー〈羊)などをつかってはいけない、のだそうだ。さすが伝統工芸を伝承している人たちだ、でも、伝統は守りに入ると廃れてしまいますよ。


なんといわれようとこの布の手触りのよさと温かさはなかなか捨てがたい。書物は感触が大切なのに、十年一日のごとく山羊や牛だけだけを崇拝しているんだから、けっして創造的とはいえないよね。先生に教わらずに一人でこっそり作ってみようと思っている。


もう1冊、恩地の装丁本を見つけた。坂口安吾安吾巷談』(文藝春秋新社、昭和26年再版)がその本だが、こちらは『恩地孝四郎装本の技』にも写真が掲載されている。

 

表現の技法もこの頃よく使っていた技法で、23年装幀展受賞作・長興善郎『その夜』などを彷彿させる。