四六判、手摺り木版の見事な装丁

shinju-oonuki2005-12-12

 
写真は富沢有為男『ふるさと』(桜井書店、昭和18年6月五版)2000部発行とある。初版は昭和17年1月に2000部で発行されている。奥付を信用する限り、約一年半で5刷りも増刷されている。
  
昭和15年5月には「内閣に新聞雑誌用紙統制委員会」が設置され、7月には『奢侈品(贅沢品)等製造販売制限規則公布」があり、12月には、用紙配給割当の作成権を所有する「日本出版文化協会」が設立された。
 
『ふるさと』も当然配給制の時期であり配給の洋紙を使った本であろうが、よくもこのような贅沢な作りの本を出版できたものである。売れ行きもその当時としては驚異的な数字のようにも思える。奥付の下には、「配給元 日本出版配給株式会社」とある。


今見れば瀟洒な装丁といえるのだろうが、そんな大変な時期であるというのに、手摺り木版を採用した表紙は、統制や奢侈品(贅沢品)等製造販売制限規則に反発するかのように贅沢な作りで、その心意気をも含めて、出版人としての意気地を感ずる見事しか言い様のない装丁である。装丁者の記載がないのは残念だが、四六判の優れた装丁だ。桜井書店の本は和紙を使った菊判の本に限るとばかりに思っていたが、織田一麿装丁の佐藤春夫『わが妹の記』、棟方志功装丁の徳田秋声『土に癒ゆる』、吉岡堅二装丁の徳田秋声『挿話』、などなど当時の装丁の第一人者ともいうべき人達ばかりが並んで、四六判の装丁もどうしてどうして見事なものである。

 
徳田秋声『挿話』には、異装版がある。昭和17年に発行された初版は、手摺り木版の吉岡堅二の見事な装丁だが、昭和21年の再版本は、紺色の地に白い題簽を貼ったそっけない装丁に代わっている。桜井書店から徳田秋声の本を出すにあたっては様々な話が伝えられており、大変な時期での発行だったが、秋声の桜井版第2冊目となるこの本はとりあえず再版がでるほどに売れたようだ。