クチナシの実の装丁、徳田秋声『挿話』

クチナシは八重と一重があり、八重は果実ができず加えて香りも少ないらしい。どうりで、近所の団地のクチナシの生け垣には実が一つもないと思っていたが、そんなわけがあったのか。撮影の時は花が質素なので避けていたが、その質素な一重の花だけに見を見つけることが出来た。クチナシの名の由来は、果実が熟しても割れないため、「口無し」という説もある。


 この果実にはクロシンが含まれ、乾燥させ黄色の着色料として用いられる。食品にも用いられ、サツマイモや栗、和菓子、たくあんなどを黄色に染めるのに用いる。


 写真は、そんなクチナシの実をあしらった吉岡堅二:装丁、徳田秋声『挿話』函(桜井書店、昭和17年2月)。「贅沢は敵だ」とスローガンがあったという戦時中にこの装丁は豪華だ。手摺木版画の雀をあしらった表紙も見事だ。


この装丁は、武者小路実篤『息子の結婚』(桜井書店、昭和17年4月)にも流用されている。シリーズ化しようという狙いがあったのだろうか? それとも戦時下にあって、あらたな装丁を依頼するのが難しかったのだろうか。


戦後、GHQの検閲を受けながらも、あとがきの一部を削除するだけでなんとか再版刊行に成功した徳田秋声『挿話』(桜井書店、昭和21年4月)では、初版の時の見事な装丁が使われることはなく、並製本で無地に貼り題簽の味気ない表紙に変わっていた。