101冊の挿絵のある本（69 ）その1 …木村荘八：挿絵、徳田秋声『爛（ただれ）』河出書房、昭和25年12月）の挿絵59点を2回に分け、今回はそのうち30（1~30）点 を紹介します。

「　戦後間もなく、東京出版社を始めた野田宇太郎氏から、秋聲の作品を一冊是非貰い度いと云はれたが、私は全集を出すまで、主要作品は単行本として出さない積もりでゐたので、體よくお斷わりしてゐたが、再三の求めに、もし『爛』に、木村荘八さんが、六十枚の風俗畫的な挿絵を描いてくださるならば爛』を出して頂いてもいい旨を、野田氏にお話したところ、木村さんと昵懇な間柄の野田さんは、早速、木村さんに會われて、その話しをされたらしく、『爛』なら挿絵を描いてもいい、とのことで、その後、私も何囘か木村さんにお目にかかり、野田さんと三人で、いろいろ相談し、木村さんの繪も、大分出來上がつて来た時分に、野田さんの東京出版社は、解散になつてしまってゐた。

　『爛』は、大正二年三月、『国民新聞』に掲載された六十囘の中編小説で、『新世帶』『足迹』『黴』『あらくれ』と共に、自然主義時代の秋聲の代表的作品の一つであつて、又その中でも、尤も甘味のある抒情的な、纏まつた作品であり、明治末から大正期の初めにかけての東京の風俗が、秋聲の作品としては、余韻を持った筆致で、可成りよく描かれてゐるものなので、私はこの作品に、木村荘八さんの、東京の風俗史的な挿繪を入れて頂けたら、一段とこの作品に情緒と潤ひが加はり、明治末から大正初期へかけての、東京の人情風俗と情趣が、後世へ傳へられるのではないかと思つたのである。…略」（徳田一穂「あとがき」より抜粋）。