私は挿畫を描き始めてから、前後約三十年になるであらふ、思へば随分と古ぼけたものだ(途中で他の職業をやった為め挿繪をやらぬ事がその間五年弱はあった樣だが)。その三十年の間には、何度この仕事を早く打ち切って、矢張り大勢の畫家がやる樣な、展覧會の繪を描く事に専念しなければならないと煩悶としたり焦慮したりした事が、その都度自分ながら不甲斐なさに涙したのであった。


今の画壇の大家と申さるゝ人々の中にも、我々の年配で、又先輩で、矢張以前には挿繪を描いて居った人達が相當にあるが、それ等の人達が今は全く挿繪を振向いても見ぬ人が多い。その人達は、挿繪なぞは一向につまらぬものであって、その人達が一生懸命にやって居る處の床の間(床間にぶらさげる掛物の繪の事)や展覧會繪よりも一段も二段も下のもので俗悪無類の君子の筆にすべきものでないと信じ切って居る向きが多いのは事實である。(つづく)