ネットで注文した名取春仙・挿画、森田草平『煤煙』が届いた。装丁は中川一政。



中川一政:画、森田草平『煤煙』(飛鳥書店、昭和22年)


名取の挿画は巻頭口絵として10頁に亘り掲載されていたが、戦後間もない印刷物なのであまり綺麗な印刷ではなく、紙も薄く裏写りしている。




名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)



名取春仙:画、森田草平『煤煙』飛鳥書店、昭和22年)


「〈拙著明治四十三年版の挿畫集の序文で、鏡花全集の一部にも編纂された同氏一流の名文は、百穂氏が私の挿画に就いて言及された序文と共に、よく當時を物語るものだが、殊に草平氏の序文は作家と挿畫家との関係に就いての一家言として味があり参考ともなろうとその一節を茲に抄録した。

予が始めて朝日新聞の紙上に小説『煤烟』を公にした当時、此畫集の著者名取春僊氏は連日此小説のために挿畫を揮毫された縁故がある。繪のことは解らぬとは云え、自分の書いた小説の挿畫だから、これは特別の興味を以て日々の誌上に接した。

それ以来春僊氏の挿畫は予のために忘れられないものゝ一つと成った。勿論作者と挿畫との関係は、脚本の作者と俳優の舞臺上の表現といふ程でもないが畫家が表はそうとする情調の幾分は作家も手傳って居るのだから、時としては、勝手がましい言分ではあるが、自分が畫いた様にも思はれた。

 其後新聞社で始めて名取氏に逢った。いろいろ話が有った中に、一體小説の挿畫と云ふものは如何かすると、読者のイリュージョンを扶けるよりも、却てそれを壊すやうな結果に成り易い。それだから成るべく簡単に一章の感じ、一句の印象を捉へて描くといった様にしてゐると云われた。成程畫家として用意のある言葉だと思った。

氏が始めて『朝日』の小説の挿畫に筆を執られたのは、島崎藤村氏の『春』であったかと思ふ。そして今の様な一種の風格のある挿畫を創めたのも氏であったらしい。實際氏のあゝした挿畫には他人の模し難い妙味があつて、其意匠も紙に莅み筆に随って湧く様である。

『煤烟』の挿画については、中に一つ二つこれは如何かなと思つたものも無いではなかったが、大抵は滿足した。殊に氷獄の裡に閉ぢられて、髪の毛迄氷ついた少女の姿が巻紙の中からあらはれた繪なぞはその時畫家の町所を知ってゐたら即日手紙で謝したいと思つた位であった。


名取春仙:画、森田草平「煤烟」

それに次いでは逍三の靈、牛若長良川の景、花魁、御詠歌、猿芝居、柩の夢、着物の綿を入れる女、女の屍の前に立てる男の頭髪、大宮の町の朝など(以下略)明治四十三年五月五日 森田草平

 終りに私は當時の印象を辿って、物故者や忘れられた業蹟人名を挙げたかったが、小説挿画以外にも亘るし長くなるので、別の機會に期して割愛した。〉」(『名作挿画全集』第三巻付録「さしゑ」第三号)」



名取春仙:画、森田草平「煤烟」



名取春仙:画、森田草平「煤烟」



名取春仙:画、森田草平「煤烟」



名取春仙:画、森田草平「煤烟」