確信犯?

 
孫引きとなるが奥付に添付された青園荘の詞を『発禁本曼荼羅』から転載させてもらう。「この書物はもと芋小屋山房うじの刊出したものである。この度青園荘特に乞ふて三十冊を限り怪美版と称し、旧装を改めゲテ装本中のゲテ装本として、特に定められた会員にのみ頒布することにした。この書物に見らるゝ如き怪しき装幀は、近時”仕掛本”と名乗り限定一部本を制作、世の好事家を恫喝して得意なる水曜荘主人の薫陶に依るものであり、その功罪は全て、酒井徳男が負うべきである。呵々。」とあり、なんと確信犯である。
 
面白くないのは著者であり、内心ゲテ本創案の第一人者を自負する斎藤昌三だが、城一郎所蔵の斎藤昌三から酒井徳男宛の昭和27年6月18日付のハガキには「『新富町だより』についてハ内藤君の爲にご配慮、蔭ながら感謝、アレで兎ニ角森山からの痛手が多少埋合わせつくなら結構な咄。ところで著者として考へて見るに、著者に相談なしの青園荘版ハおかしなこと、森山の方ハ百五十六番で打ち切ってあるから、出すなら一言断って貰ったら僕のことだから反対ハせぬし、番号も余らせてあるものを、番外の異装番はどうかと思ふ。」とあり、悪意のあるものではなく、内藤正勝を急場を救うために酒井が仕掛けたもので、結局は斎藤の太っ腹で、万事解決したようだ。
 
著作権の侵害に腹を立てたのではなく、こんなに面白い話があるのなら、何で私にも一声掛けてくれないんだ、というのが、斎藤の本音であろう。
 
城氏がこの葉がき文を発表したのは、「旧聞で誤り伝えられて来た少雨叟の立場をこの際、明確にしておきたい存念から、強いて公表に踏み切った。先師の鎮魂に幾許かの手向けとなれば、と祈りつつ。」と、の意図があったようだ。