最近入手した三田村鳶魚『自由戀愛の復活』(崇文堂、大正13年5月)に、装丁家の名前は見当たらない。しかし、齊藤昌三「小雨荘裝釘記」(「書物展望」書物展望社、昭和9年12月号)には、次のように記されている。
齊藤昌三の最初の装丁本? 三田村鳶魚『自由戀愛の復活』(崇文堂、大正13年5月)
「三田村鳶魚さんの『上野と浅草』は出版当時、自分も校正は手伝つたし、あの中の寛永寺の写真などは不器用な予が写したものを入れた関係などあって、同氏の『自由戀愛の復活』の時は万事版元の相談に与つた。この時は恋は闇である非倫の恋は三角であるといふ所から、表装は真黒いポプリンを使用し、三角の角度を鋭く背文字を中心に逆に描いて黄で箔押しにして見た。そして背の天に人の目を一つ置いて隠しごとは出来ないといふ表徴にして見た。但し絵心がないので下絵は渋谷修君に描いて貰つた。」(齊藤昌三「少雨荘装釘記」、「書物展望」昭和9年)
とあり、これも最初の一つとすると、さしずめ「齊藤昌三の初めての装丁」ということになるのか。