堂昌一は、岩田専太郎に私淑しその画風を研究した。その証を見つけようとしたが、掲載した事例は堂が描いた挿絵の方が古く、適当ではありませんが、雑誌などの膨大な資料からなかなか探せず、今回はご勘弁を。目の中に別の絵をコラージュした例だ。この他にも堂の絵と岩田の絵の共通点を見つけることは出来るものと思っており、岩田は堂が追いかけてくるのを快く思っていたのではないだろうか、というのが今回の仮説でもある。


堂昌一:画、矢桐重八「ぬめ肌女郎」(「裏窓」あまとりあ社、昭和38年8月号)


岩田専太郎:画、八切止夫「ちゅうちゅう鼡」(「自由新報」昭和45年)