「さしゑ」3号(挿美会、昭和31年2月)の紙上展は、1頁に挿絵画家たちの挿絵1点とアトリエ訪問風の写真を掲載し、メッセージを添えた内容で、8頁構成になっているいる。今年99才の仲一弥さんも、1926年生まれで84才の濱野政雄さんも、掲載写真ではみんな若い!


仲一弥:画「遊女小柴」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「土師清二氏の小説『つばくろ権八』から、一番濃厚な場面を描いた。恋人の白井権八と久々での逢瀬に、遊女小柴はすっかり情熱をたぎらせ、そのあと死んだようになっている。土師さんは名分でつゞつておられるが、私も何とかこれを下品にならないように、しかも情味のある姿態を描こうとおもつた。ところが、私の方はなかなか思うにまかせず、かえつて私が、ためいきをついてしまった次第。」




土井栄:画「グルモンの詩のコレット」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「最初はグウルモンの詩のコレットからヒントを掴み描き始めたのですが、、絵になって終いました。詩はやはり抽象化した方がマッチするのでしょう。結局やはり、デッサンとしての挿絵、挿絵としてのデッサンになって終いました。」




油野誠一:画「フランツ・カフカ『審判』」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「挿絵は通常、通俗小説の場合ばかり使われていますが、そんな場合の様々な制約を断ち切る為の制作として選んだのがこれです。フランツ・カフカ『審判』を、扉、色付口絵各々一枚、単色十枚描きました。これはその第八景、主人公Kが画家のアトリエを訪ねる場面です。商業主義に対する抵抗として、挿絵を芸術として存在させる為の小志なあがきかもしれません。」 




茂田井茂:画「わたしばの印象」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)




濱野政雄:画「無題」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「風俗画として小説にとらわれずに描いてみました。港の風景をバックに旅の若い女と子供。もつと旅情のようなものがでればいいな、と思ったのですが……」




富永謙太郎:画「扇の的」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「史実にあるかどうかは知らないが、この物語を私は小供(ママ)の頃から好きであつた。勝敗の帰趨すでに定まった勝者と敗者によって戦の最中に行われたこの『扇の的』など、呵責ない近代戦に比べてはるかに豊かな人間味を感じるのである。大任を果たして引き上げんとする那須与一を童心にかえつてえがいてみた。」




野口昂明:画「大菩薩峠」(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「思い切つて動的なものを描いて見たくなつて、この図を試みたまでゞす。小説『大菩薩峠』の流転の巻から、先日、文庫本に描いたものを更に修正して描き直してみたのですが、さてこの一図をと構えてみると実に難しいこと、とても眼力では如何ともなり難しです。『松本の夜祭の山車上より怪童米友が道庵を拉して群衆の頭上を天狗の如く走過する』ところで、先年鶴三先生が同場面の名画を残して居られますが、私は私なりに線の力感と虚実を考えて試みてみたもの、とても力及ばずと嘆ずるのみです。」




由谷敏明:画(「さしゑ」3号、挿美会、昭和31年2月)
「何人にも親近感を与える挿絵を描いてゆきたいと思います。勿論、流行をも取り入れた上の事ですが。」