伊藤彦造『伊藤彦造イラストレーション』(河出書房新社、1999年)A4判、192頁、カラー8ページ、並製本が届いた。



伊藤彦造伊藤彦造イラストレーション』(河出書房新社、1999年)カバー表1。



伊藤彦造伊藤彦造イラストレーション』(河出書房新社、1999年)カバー表4。


いやー、大きな絵で見ると伊藤彦造(いとうひこぞう、1903年-2004年9月9日)の神業とも言うべきデッサン力のすごさひしひしとせまってきます。ペン画の線の太さから判断すると、原画はもう少し大きかったかも知れませんが、筋肉の躍動感や背景の植物、髪の毛の一本一本まで全く気を抜いているところがない。隅から隅まで緊張感が張りつめている。まるでモデルがいてそれを写生したかのような細密な絵だ。なんのかんのと理屈をこねる前に、実物を手に取って観ていただき、彦造の魅力を体験し、彦造マジックに洗脳されてみてください。カバーは広げると左右75cm程になる。


小田富彌の弟子で、97歳現役最長老の絵師・中一弥(なか かずや、1911年-)もすごいと思っていたが、伊藤彦造は101歳だった。彦造は精神力も生命力もすごい。幼い頃から虚弱体質だったという彦造だが、それを精神力でカバーするほどのすさまじい精神力が、絵にも表れている。


中村圭子は、この彦造の絵の魅力について「その普遍的な美とは何か? あえて一言で言えばそれは『嗜虐のエロス』である。彦造が描く剣戟シーンには死の匂いが漂う。この戦いの果てに、どちらかが必ず死ぬという切羽詰まったものがある。あるいは死にゆく者の壮絶美──追いつめられ、傷ついた男の乱れた髪、流れる血。」(『伊藤彦造イラストレーション』)と、書いている。


更に「小学生の時、そろばん塾で一番になりたくて十日間の『おかず絶ち』を実行した。もともと虚弱体質のうえ栄養失調になり、学校へも行けなくなり寝たきりになってしまった。それでも試験当日、『今日は勝つ』という信念を抱いてのぞみ、ライバルを負かして、みごと一番になったということである。」(前掲)とあるが、ちょっと脚色がかっているようにも思える。とかく昔話というものは、大げさになりがちで、そろばんなどの技術的なもので一番になるには、腹を空かして寝ているよりは、単純に訓練を繰り返したほうが効果が上がるような気がする。信念だけでは乗り切れないのではないか。


つまり「肉体的な餓えが、精神も餓えさせ、それが異様なパワーの源になる。──そのようにして彦造は自らを『高貴な獣』に変貌させたし、また、彼の描いた剣士とは『高貴な獣』に変貌させられた彦造自身にほかならない。」(前掲)という。



挿絵:伊藤彦造、『決戦宮本武蔵』(昭和26年)