今年の6月に、太宰治『人間失格』(集英社文庫、2008年)のジャケット(カバー)を、小畑健氏が描いたイラストに掛け替え新装改訂版を出したとたん、なんと、わずか1ヶ月半で古典的な名作としては異例の7万5千部を売り上げる大ヒット作品に変身してしまった。ジャケットに魅かれて買ってしまう、いわゆるジャケ買いをさせる小畑健の挿絵には「ハーメルンの笛吹き男(The Pied Piper of Hamelin)」が吹き鳴らす笛の音のような魔力が秘められているに違いない。


集英社文庫版『人間失格』は、1990年に初版が出版され、これまで40万部を超えるベストセラーだという。単純計算すると毎年平均2万2千部が増刷されていることになる。わずか1ヶ月半で、それまでの年間平均発行部数の約3倍も売り上げたのだから驚異的と言わざるを得ない。





装画:小畑健太宰治人間失格』(集英社文庫、2008年38刷)


小畑 健(おばた たけし、1969年2月11日- )は、「日本の漫画家、イラストレーター。新潟県新潟市出身。代表作に『ヒカルの碁』(1998-2003年連載)、『DEATH NOTE』(2003-2006年連載)など。」(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)で知られる。『DEATH NOTE』の12巻までの累計発行部数は2530万部を超え、2006年には2部構成で映画化され大ヒットしたモンスター級の漫画だ。



漫画:小畑健、原作:大場つぐみ『DEATH NOTE8』(集英社、2006年)


太宰治が1948年に玉川上水に入水自殺する1カ月前に書き上げた小説がこの長編小説「人間失格」で、1948年に雑誌『展望』に連載されたもの。社会に馴染むことのできずこの世から消え去りたいと願う男の半生を綴った小説だが、モデルは著者の太宰治自身なのではないかと話題になった。


太宰治が自殺した後の1952年に新潮社文庫から出版され、これまでに累計発行部数600万部以上を記録しており、夏目漱石の『こころ』と並ぶ古典的名作のトップを争うベストセラーであり、56年もの間、毎年平均10万部以上売り続ける超ロングセラーでもある。



装画:山下清澄(左)、大宰治『人間失格』(新潮文庫、平成4年120刷)
装画:唐仁原教久(右)、大宰治『人間失格』(新潮文庫、平成12年142刷)
上記の2冊の発行日と刷数から単純計算で算出すると、8年間に22回刷り増ししており、毎年約3万4千部×3回ほどの刷り増しがある計算になる。
なるほどこれはモンスターだ。



(左)装画:安西水丸、帯装画:わたせせいぞう太宰治人間失格・桜桃』(角川文庫、平成元年初版)
(右)装画:望月通陽、、太宰治人間失格・桜桃』(角川文庫、平成9年26版)


つまり、集英社文庫版『人間失格』は、モンスター級の名作に、モンスター級の漫画家をコラボレイトさせたことで、今回の爆発的なヒットを生み出したということになる。


夏目漱石は大正5(1916)年12月9日に亡くなっており1966年に著作権が切れており、太宰治は昭和23(1948)年、6月13日に亡くなっており、1998(平成10)年に著作権が切れている。古い小説などの出版は、このことよって製作費が多少安くなるというメリットがある。毎年必ず売れている事なども今回博打をさせるだけの魅力があったものと思う。さらに版元には『DEATH NOTE』の読者たちが『人間失格』を購入するかも知れない、という読みもあったものとは思うが、やはり大きな博打ではなかったのか。


漫画家は製作費が高いので、単価が安い文庫本の表紙に人気の漫画家を登場させる事は、大変な英断だったのではないかと思う。人気漫画家というのは、一体どのくらいの製作費を払ったら表紙絵を描いてもらえるものなのか。もう30年ほど前になるが、私が釣りの漫画で売れている漫画家に描いてもらった時でさえ30万円だった。


今回はヒット作品になったから、製作費などは問題にはならないだろうが、他人事ながら下世話なことが気になった。担当編集者がこのブログを読んでいたら教えて欲しい。


そもそも文庫本というサイズは安く大量につくることによって、より多くの人に読んでもらおうという目的で生み出された判型ではなかったのか? となると、製作費は切り詰められるのが普通だが、逆手を取って成功した。