画家忠弥が他人の装画を使って装丁をした

タイトル文字は忠弥が書いたものと思われるが、高橋忠弥の装丁では珍しく自分の装画を使わない装丁がある。佐多稲子『機械の中の青春』(角川小説新書、昭和30年)がその本だ。忠弥の装丁本とは知らずに、「機械主義芸術論」魅せられてからというものは「機械」という言葉に異常反応してしまい、つい購入してしまったもので、こんな時は一粒で二度美味しい思いがけないプレゼントのようで嬉しい。



他人の絵を使って装丁をするというのは、アートディレクターやデザイナーの仕事で、丁度、戦後、カッパプックスや文学全集など装丁の世界にもデザイナーが台頭してくる時期と連動していておもしろい。


『機械の中の青春』に使われている絵はゴッホの「アルルのはね橋」だ。この装丁をする前年に、忠弥は同じ出版社から『西洋絵画の話』(角川新書、29年)を上梓しており、その西洋美術への造詣の深さを買われたのだろう、『機械の中の青春』のジャケット裏表紙に下記のような表紙絵の解説を書いている。


「はね橋 これはゴッホ1888年、アルルに滞在した時の作品のひとつで、アルルに着いたゴッホが、最初に手がけたアルル風景といわれ、五月のうららかな陽気を背景に左にに糸杉のような、するどく先のとがった二本の立木と、右に赤い屋根、その画面の中央にこのはね橋をかき、糸杉よりに馬車を一台、中央の橋に洋傘の女、川岸の水辺に選択の娘を配した、のどかなアルルの風景だ。」と、実によく調べ、こまやかに観察された文章で、表紙構成と解説に隠しておいた才能を発揮している。


さらに「炎の画家ゴッホに珍しく豊かに静まりかえった作品で、この年の十月にアルルでかいた、ガードしたの道とともに、好評作。この作以後のゴッホには、アルルを訪れたゴーガンに心をみだされてか、これほど静謐な絵を見ることが出来ない。」と、ちょっとセンテンスが長いという癖があるが、さすがに岩手師範学校(現・岩手大学)を卒業して小学校の先生をやっていた時期があるだけに、分かりやすく丁寧な説明には好感が持てる。