ゲテ本刊行

 
「『円本』は、家庭に常設された『文学図書館』として、文学を市民の日常に近づけ、同時にまた、多額の印税を作家たちに手渡すなど、文学の社会的な地位向上に役立った。しかし、反面、同じ時期に刊行される『文庫本』とともに、均一の装丁・造本による書物の規格化をもたらし、文学を活字を通して読み取る内容だけの世界に限定してしまう危険性も強かった。こうした書物の画一化に抗するように、齋藤昌三の書物展望社が雑誌発行とは別に世に問うたのが、限定本刊行だった。」
 
「その最初の登場が一九三二(昭和七)年に出た内田魯庵著、齋藤昌三・柳田泉編『魯庵随筆 紙魚繁昌記』である。ここで魯庵を選んでいるのが、齋藤の鋭いところだ。二葉亭四迷の畏友にして、ドストエフスキー罪と罰』の最初の紹介者であり、海外文化輸入の要衝・丸善にあってPR誌『學鐙』の名を高からしめた読書人。この内田魯庵の書物エッセーのセレクションを彼の出版事業の第一弾として、酒袋を利用した装丁、見返しには和本の反古を使って、銀魚(しみ)ちらしの凝った本作りをおこなったのである。」と、ゲテ本誕生までを詳しく説明してもらった。私は、齋藤の個人史に関してはほとんど知らなかったので、大いに勉強になった。