101冊の挿絵のある本(57)…初山滋(11点)、清水良雄(13点)、矢部季(4点+函、表紙、見返し、前扉)が描いた北原白秋『トンボの眼玉』(アルス、大正8年10月発行の復刻版、昭和48年ほるぷ出版刊)の挿絵28点を紹介します。矢部季の略歴が見つからないが…。
『トンボの眼玉』「はしがき」より一部抜粋
……この集の中でも「曼珠沙華」の一篇はその「思ひ出」(*抒情小曲集)の中から抜いたのでした。
……「南京さん」「屋根の風見」の二篇も七八年前に作つたのです。その外は皆新らしいものです。
昨年から丁度折よく、お友だちの鈴木三重吉さんが、子供たちのためにあの藝術味の深い、純麗な雜誌「赤い鳥」を發行される事になりましたので私もその雜誌で童謠の方を受持つ事になつて、それでいよいよかねての本願に向つて私も進んでゆけるいい機會を得ました。
これらの童謠はおほかたその「赤い鳥」で公にされたものですが、今度改めて今までの分を一(ひと)まとめにして出版する事になりました。
……私の童謡はただ美しいとか上品とか云うばかりを主にして居ますのではありません。それに多少物心のついた十三四歳以上の少年少女たちの謡ひものとしてよりも、それ以下の子供たちに讀ませるもの、それには素朴な混じり氣のない子供の感覚といふこと、さうした潑刺(いきいき)とした感覚に根ざしたあるものから、素裸な子供の心を直接にうつ、さうしたものを心がけて居りますのです。
ほんたうの童謠は何よりわかりやすい子供の言葉で、子供の心を歌ふと同時に、大人にとつても意味の深いものでなければなりません。然し乍ら、なまじ子供の心を思想的に養はうとすると、却つて惡い結果をもたらす事が多いのです。それであくまでもその感覺から子供になつて、子供の心そのままな自由な生活の上に還つて、自然を觀、人事を觀なければなりません。
……子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝い大自然のいのちの流をほんたうにわかる筈はありません。
子供は大人の父だ」と申す事も、この心をまさしく云つたものに外なりません。私たちはいつも子供に還りたい還りたいと思ひながらも、なかなか子供になれないので殘念です。
私の童謠に少しでもまだ大人くさいところがあれば、それは私がまだほんたうの子供の心に還つてゐないのです。さう思ふと、子供自身の生活からおのづと言葉になつて歌ひあげねばならぬ筈の童謠を大人の私が代つて作るなどと云ふ事も私には空おそろしいやうな氣がします。然し、私たちから先づ、その子供たちのさうした歌ごころを外へ引き出してあげる事も必要だと思ひます。さういふ心で私は童謠を作つて居りますのです。
私もこれから努めます。だんだんとほんたうの子供の心に還るやうに、ほんたうの童謠を作れるやうに。
……相州小田原木兎の家にて 大正8年9月 白秋
矢部季が描いた、北原白秋「蜻蛉の眼玉」の「蜻蛉の眼玉は大かいな、 銀ピカ眼玉の碧眼玉、 圓るい圓るい眼玉、 地球儀の眼玉、 忙しな眼玉、 眼玉の中に、小人が住んで、 てんでんに蟲眼鏡で、あっちこっち覗く。」の挿絵。大きな眼玉の中に様々な風景を描きこむという、資生堂のデザイナーらしい斬新な発想と大胆な構図、鮮やかな色彩が、資生堂とともに時代を牽引しているんだぞ、という意気込みを感じます。
矢部 季(やべ すえ、1893~1978?)
初山滋や清水良雄の略歴は、いろいろなところで見ることができるが、矢部季の略歴はなかなか見つけることができないでいます。そこで、とりあえず、自分で調べられる範囲の情報だけでも書き残しておこうと思い、かきはじめました。
『トンボの眼玉』の函や表紙、前扉などのデザインを担当した矢部季は、東京美術学校に在籍中から、資生堂の経営者・福原信三の依頼で1916年から意匠部の手伝いをしており、その翌年・1917年に正式に入社しました。矢部は『資生堂図案集』(東京資生堂意匠部、1925年7月)の序文に「ショーウィンドー、ポスター、新聞雑誌の広告図案、子供雑誌『オヒサマ』の挿画と装幀、化粧品のデザイン箱とレーベル、包紙、看板と装飾のデザイン、その外化粧雑貨、婦人服飾品即ち洋傘、スカーフ、手提、束髪ピン櫛等の意匠図案等」をデザインしたと回想している。中でも、資生堂の顔でもある包装紙のデザインを担当したのは大きな仕事といえるであろう。写真は、矢部季が1924年にデザインした資生堂の包装紙。
この資生堂の包装紙は、オーブリー・ビンセント・ビアズレーが装丁したベン・ジョンソン『VOLPONE』(Leonard Smithers and Co., London 1898年)表紙絵と近似していることから、ここから着想を得たのだろうと言われている。画像はビアズレー装丁『VOLPONE』表紙。
矢部季は、ビアズレー装丁の『VOLPONE』をよほど気に入ったとみえ、北原白秋『白秋小唄集』 (アルス、大正8年) でも『VOLPONE』に近似した装丁をしている。
矢部季『手芸図案の作り方』(アルス、1927年)の口絵に、アルスから刊行されるだろう矢部の著書をイメージした装丁が掲載されている。背には「ARS」「SUE」と刺繍されており、『手芸図案の作り方』の装丁を想定して作られたものではないかと思われますが、この本は「アルス婦人叢書」というシリーズの1冊として刊行されており、矢部の想定案は細腰されることがなく、口絵として掲載されたのではないかと推察します。画像は、矢部季『手芸図案の作り方』(アルス、1927年)の口絵。