杉浦非水の装丁は、関東大震災以後大きく変化し、昭和初期には絶頂期を迎える。『現代日本文学全集』や『愛(かな)しき歌人の群』等は非水装丁本の中でも最高の出来ではないかと思っている。前回紹介した大正11年に創作された『改造の独逸より』を加え、私の「非水装丁三大お気に入り本」としている。『現代日本文学全集』は古書価も安く、古書市では500円くらいで売られていることが多い。私は、函入布装で白い布が真っ白できれいな美本を、五反田の古書市で200円で5冊ほど手に入れた。以前購入した本よりも安く保存状態がいい本に出会う



杉浦非水:装丁、『ああ故郷』(昭和2年



杉浦非水:装丁、杉浦翠子『愛(かな)しき歌人の群』(昭和2年
この絵は中央の黄色い部分が雉か鳳凰などの鳥の絵だとずっと思っていたが、よくみるとタンポポかあざみの花のようだ。
愛妻・翠子のために創作した渾身の力作といえよう。会布背に金箔押しを施した造本も、気の強い女性の執筆者であることなどをも意味しているようで、夫ならではの愛情あふれる見事な装丁で、非水の装丁本の中では最も気に入っている装丁だ。



杉浦非水:装丁、『演劇と音楽』(昭和2年



杉浦非水:装丁、『現代日本文学全集』紙装本、左は本体、右はカバー(昭和2年
オレンジ色の背景部分に描かれている鳥の巣だろうか、これは周りの線で構成されたアール・デコ様式を取り入れた部分とは全く異なるイメージで描かれており、非水が独自の作風を作り出そうと模索し苦慮しているのが分かる。いい作品というものはえてして作風が完成した時ではなく、このように悶々としている時に生まれるものなのだ。


なぜこの本にこの絵を描いたのか、と問われた時に、関連性が見いだせない時というのは、自分の表現を優先して、与えられたテーマを踏襲していない時であり、デザイナーの表現意欲があふれている時でもある。



杉浦非水:装丁、『今日及び明日』(昭和2年



杉浦非水:装丁、『三越講演集』(昭和2年



杉浦非水:装丁、『西洋料理』(昭和2年



杉浦非水:装丁、『英文世界名著全集』(昭和3年



杉浦非水:装丁、『将軍乃木』(昭和3年



杉浦非水:装丁、『世相表裏の医学的研究』(昭和3年


必ずしも誰もがこのアールデコ様式を採り入れた非水の装丁を称賛しているとは限らないようで、
「非水は、アール・ヌーヴォーから曲線と平面分割による構成と、自然から写生とその装飾空間への変換を学んだ。大正に入ると、アール・ヌーヴォーの短い春は過ぎ、セセッション・スタイルから、アール・デコに移ってゆく。連続的な直線は非連続的になり、直線化する。キュービスムやフォービスムなどの影響で、閉じたフラットな平面は、開かれた、片ぼかしのフォルムへと変ってゆく。線は女の髪や植物のつるのような生きた形を表現するよりは、抽象的な線そのものとなる。非水のデザインもまたこのように変化してゆくのであるが、線の魅力と写生による生きた形という、アール・ヌーヴォーに適した非水の特徴は、アール・デコバウハウスの抽象的なスペースでは決して十全に表現されていない。デザインが自然を離れてゆく時、非水の図案は、初期の楽しげな表情を失ってゆくのである。」(海野弘「モダン・スタイル再訪─杉浦非水」、『日本のアール・ヌーヴォー』1988年)との、否定的な見解もある。