「桔梗は山にいくらでも自生している。それをなぜ漢語でいうのか」

 万葉集巻十に「朝顔は 朝露負(お)ひて咲くといへど 夕影にこそ 咲きまさりけれ」とあり、現在の朝顔のことではなく、夕に咲くということから、古くはキキョウを「あさがほ」と呼んでいたことがわかる。開花前には花びらが互いのふちでくっついたまま膨れていくために、つぼみのときは風船のようにふっくらして見える、そのため "balloon flower" という英名を持つ。


秋の七草の随一、キキョウは「桔梗」という漢字の音読で、その点では『ぼたん』や『芍薬』などという花といっしょである。が、これはちょっと変だ。というのは、『牡丹』や『芍薬』とちがい、キキョウは山にいくらでも自生している。それをなぜ漢語でいうのか」(金田一春彦『言葉の歳時記』新潮文庫、昭和48年)と金田一先生は不満そうだ。
 日本には固有の名詞がなかったのか、というとそうではない。平安時代の当時の百科辞典『和名抄』に桔梗(キキョウ)は「阿利乃比布岐(ありのひふき)」と記載されている。これは、蟻が桔梗の花びらをかむと、蟻の口から蟻酸(ぎさん)が出て、桔梗の花の色素アントシアンを変色させるため、紫の花の色が赤く変わり、蟻が火を吹いたように見えるということだ。

「桔梗」(『本草図譜』)


金田一先生は「和名をやめて漢名でいうのはキキョウが薬用植物だからだ。薬は、ちょうど今の人がカタカナの薬がきくと思うように、どうも漢語でいった方がききめがありそうだと昔の人は考えたのだ。」と、結論づけた。