橋口五葉:装丁、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』下編(大倉書店、服部書店、明治40年)
中村不折:挿絵、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』下編(大倉書店、服部書店、明治40年)
これが、ビールを飲む猫と、甕に落ちてもがいている猫の最後の絵だ。
夏目漱石『夢十夜』第四夜では、爺さんが「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返し、「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出す。……けれども手拭はいっこう動かない。それでも爺さんは「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」と唄いながら、川の中に沈んでいってしまう話だ。
「自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。」と、小細工などせずに、自分の道をまっすぐに進み水の中に沈んでしまう。ここでも『吾輩ハ猫デアル』同様に、水の中で極楽往生してしまう。何たる結末だ。
自分が信じて、一生掛けて追いかけてきたものが、何も結実せずに終ってしまうような、人生のむなしさがにじみ出ている。そんな漱石自身の強迫観念が夢となって現れたのだろう。