横光利一『機械』を装丁した頃の佐野繁次郎の装丁本

横光利一『機械』(白水社、昭和6年初版)を装丁したころから、
横光利一『機械』(創元社昭和10年初版)を装丁したころの佐野は、他にどんな装丁をしていたのか?
そう思って本棚から当時の佐野装丁本を取り出してみた。


写真は、
・『地獄の季節』(小林秀雄訳、白水社、1930.10)
・『甲虫殺人事件』(ヴァン・ダイン、新潮社、1931)


・『寝園』(横光利一中央公論社 1932.11)
・『横光利一集』(横光利一改造社、1933)




・『浅間山』(岸田国士、ー、1932)
・『紋章』(横光利一改造社、1934.09)


・『時計』(横光利一創元社、1934.12)


これだけでは充分な資料とは言えないが、佐野が装幀した書物はフリーハンドで書いたタイトルが多い。
特に戦後は、絵コンテなどを使ったタイトル文字が圧倒的に多い。


ここに掲載した横光利一『時計』(創元社昭和9年)の函に書かれているゴチック体の文字も佐野の装丁本の中では、めったに見られない希な存在だ。
さらに、この本の表紙に用いられている軽金属(アルミニュームあるいはジェラルミン)も、こんな資材を使ったいわゆるゲテ装本を佐野の装丁に見つけることはできない。木綿に染め抜きするなど気に入った手法は何度も使っていることがあるので、ダダイストがするように過去を否定し同じ手法を使わないということから、軽金属装を1度しか実行しなかったということでもなさそうに思える。


前回アップした創元社版『機械』初版と、この『時計』の2冊のタイトル文字は、佐野の装丁の中でもかなり特異なものに感じてならない。
今すぐに理由を述べることはできないが、なんとも引っかかるのだ。


さらに、林哲夫さんが指摘しているように、創元社版『機械』再版では、なぜか題字を書き換えている。
この創元社版『機械』の初版と再版の文字の修正は、一見マイナーチェンジであるかのように見えるが、
私には、全く異なる表現のフルモデルチェンジに見える。


勘ぐりすぎかもしれないが、佐野と横光の間に意見の対立があり、初版は横光の意見を取り入れて書いた
創作文字で、再版は佐野が自分の主張を通した文字なのではないかと推察するのだが、
その根拠を次回は自らの手で探りだしてしてみようと思っている。(つづく)