しん散歩(2)……境新道ガード下

【しん散歩(2)……境新道ガード下】

写真(1)=「柳沢第3号踏切」(昭和47年以前に撮影)。盛り土をして踏切を作っている。



写真(2)=「西武新宿線・境新道ガード下(.柳沢第3号踏切と同じ場所)」(昭和48年撮影)。線路の下を掘り下げてガードを作っている。線路を作る前からあった「文化通り」が左方向にあるだけ。



写真(3)=同じ場所を2018年2月3日撮影。ガード下をくぐって新たに境新道が右方向に走るようになった。


 西武新宿線が開通した昭和2(1927)年には、線路の下に盛り土をして「柳沢第3号踏切」(写真1)を造り、南北の通行を可能にした。
 その後、昭和34(1959)年に、旧田無市北部にマンモス団地・ひばりヶ丘団地が造成され、交通量が増え、写真(2)のように高架化された。
 さらに、境新道ができて(写真3)武蔵境駅ひばりヶ丘駅を結ぶバスが、踏切を渡らずにスムーズに行き来することができるようになった。

 西東京市を東から西へ横断する西武新宿線が、ほぼ水平に移動していると仮定すると、ほとんどのの場所は線路と同じ高さあるいは線路より上に地面がある。家の屋根に気をつけて眺めていると屋根の上が見える場所は少ない。
 しかし、線路の下に道路が走っている場所が6箇所あり、そこは土地が低く水害などの影響を受けやすい場所であるとも言える場所であり、電車の中から屋根の上が見える場所なのです。
 その1つ目の場所は、東伏見駅の西250mほどのところにある小さなトンネルがあるところ。線路の南側の東伏見公園に続くあたりを電車の中から見下ろすことができる。
 2箇所目は、西武柳沢駅の西300mくらいのところにある軍用軽便鉄道も使っていたという小さなトンネルがあるところ。3箇所目は、青梅街道のガード下。線路の下を車が走っている。4箇所目は南町調節池の北側の小さなトンネル。調節池の底を遥か眼下に見おろすことができる。北側の民家も見おろすことができる。5つめは南町1丁目にある菫(すみれ)橋北のガード。
 6つめが写真(3)で示した境新道のガード下です。
 西武新宿線沿線はどこも石神井川に向かって傾斜していますが、ガードがあるところは比較的なだらかに、ガードがないところは高い場所から急な傾斜地を辿って雨が勢いよく石神井川に向かって流れ込むのです。