芭蕉は「象潟や雨に西施がねぶの花」(西施は絶世の美女)と、雨に濡れたねむの花を絶世の美女にたとえその美しさを讃えた。先端を紅色に染めた長く繊細な雄しべは優雅で美しく女性的な魅力を秘めている。ねむの木のもう一つの魅力は、寝たり醒めたりお辞儀をしたりと、動物の神経のインパルスと同じようなものを備えているのだろうか、と思わせるかのような他の植物にはない動物的な動きをすることだ。もしかして感情も持ち合わせているのではないだろうか、と推察を巡らしていくと、この花への興味は尽きない。


 花の画家を自称する黒川重太郎のエッセー集『画房集筆』(湯川弘文社、昭和17年)の表紙絵にもネムの花が選ばれ、「5月半ばから精々6月一杯までが、一番興がの乗ってくる時期」で「シトロンの鮮やかさに、黄土の渋さに、さては橙黄の輝かさに、感度の高低強弱を参差(しんし:そろわないさま)させる、いはゆるむら若葉の緑がある。」と記しているが、ねむの木の話は出てこない。好きな季節の好きな花を選び発行まで6月にするという徹底した懲りようだ。