麦の穂を描いた木村荘八:画、水原秋桜子『朧夜』

こののどかな風景は新宿から電車でわずか26分の田無にある東京ドーム約5個分という東大付属農場の麦秋麦秋という言葉は、絵を描いている母から中学生の頃に初めて教えてもらった。秋みたいな絵だねというと、「初夏の頃に、麦の穂が実り畑が黄金色に輝く刈入時を迎えた季節のことを麦秋いうのだよ」と。

東大付属農場の麦秋


 秋とは元来、季節を表わす言葉ではなく、「百穀成熟」などの意味を持つ収穫を祝う田の神祭の言葉だ。かつて、麦秋は、北国の農民にとっては食料が欠乏する一番苦しい「春窮」とよばれる時期を乗り越えてやっと息づくことができる季節でもあり、黄金色に輝く風景は浄土のようにも見えたのではないだろうか。豊かな気分にさせてくれる大好きな風景だ。


 一方、「麦蒔(むぎまき)」とは11月ごろのことだが、本当の春ではないが春のようなうららかな日が続くこの頃の陽気を小春という。初夏なのに「麦秋」があったり、晩秋に「小春」があったりと、日本人の季節に対する繊細な感覚があらわれているようで面白い。

木村荘八:画、水原秋桜子『自選句集朧夜』(改造社、昭和22年)