これならば岡本太郎だってさしゑを描いてみればいいと思います。どこかで描かせればいいと思います。どんな絵を描くか、あるいは描かないか、それとも描けなければ、しかし、ウソだと思うのです。
私はさしゑの道はなければならないと思う。それは岩田専太郎・鴨下晁湖・志村立美・木下二介・鈴木朱雀・神保朋世・山本武夫・古くは小村雪岱・清水三重三・田中比左良などがとってきた道、それをそのまま正しいと思わないとともに、タブロー画家が筆のすさびなどとお上品なことは言わなくても腕の見せどころあるいは割に事務的な収入の道をはかるための仕事としての言わばアルバイト道、それももちろん正しいとはおもいません、
けれども民衆から親しまれなかったら成り立たぬところに、さしゑの道のきびしさと切れない関係において存在する安全性とでも言ったもの──どこかへいってしまうかわからぬ誰のために描くのかわからぬということと反対のもの──がある。それはいわゆる大衆迎合生ではありません。マスプロにおいてはじめて、「大衆の欲する方向において大衆を一寸でも五分づつでもひき上げてゆく」ことの可能性があり得ると思います。さしゑは一生けんめい描かなければならぬものです。やりばえのある仕事でなければならぬはずのものです。
中国に年画というものがあります。正月になるとどこの家の壁にも貼りかえられて、一年中目にふれるものです。それを俗悪な絵だと言う人がある。日本はフランスについで美術的に高い国だとそういう人は言いがちです。しかし民衆は大体似たようなものです。日本でも最大多数の人たちのよろこぶ絵と言ったら、ずいぶん低いものにちがいありません。それを少しづつでも高めていくことが、さしあたってのさしゑ画家のつとめであり、出来ることだと考えます。
新しいタイプのさしゑ専門画家が出なければならず、出ると思いますが、それまではよし正しくなくとも今までの人たちが描いてゆくより仕方がないでしょう。
以上は続けてゆく時評の前おきでした。