S.T.マドセン



S.T.マドセン『アール・ヌーヴォー』(平凡社、昭和45年)


アール・ヌーヴォーの主だった装飾的特徴は、先端が鞭のようにしなって力強い動感を示す左右非対称の波打つような線である。このような線は、たとえばスコットランドにおけるそれ(図-2.1)のように優美で気品に富むこともあれば、ベルギーやフランスにおける場合のように、もっと重々しくダイナミックで、リズミカルないわゆる「対抗運動」に満ちていることもある。


あるときそれは流れるような線であり、またある時はより形象性に富み、肉太である(図-2.2)。これがアール・ヌーヴォーの一般的な、目に付きやすい、よく見受けられる特色である。それでいてこのうねるような線は、アール・ヌーヴォーの外面的な限られた様相を示しているにすぎない。


その装飾性自体はたしかに魅惑的なものではあるが、もっと広い視野からすれば、つまり実際の平面あるいは三次元の物体との関係においてみれば、そこには更に深く興味をそそるものがある。後者(物体)の場合には、装飾は炎のように燃え上がり、成長し、渦巻き、あるいはこれをいつくしむようにその周辺に身をすり寄せる。


事実、この様式はその傾向として、物体とこれを形成する物質とを含み込み、変容させ、ついにはこの物質を線的リズムの奴隷ともいうべき忠実な量塊にしてしまうのである。しかしこのような装飾はまた、物体の表面上で独立した美的存在を追及することも可能である(図-2.3)。



S.T.マドセン『アール・ヌーヴォー』(平凡社、昭和45年)


面のプロポーション──その裸の状態、全体的性格──は、優美で形式的にそれだけでまとまり、かつ所をえた装飾によって実現される。アール・ヌーヴォーが書籍の装飾(図-2-4)やポスターのデザインに大きな刺戟を与えたことは、決して驚くに価しない。


この装飾は常に休みなく生きており、しかも同時によくバランスがとれている(図-2.5)。他のほとんど全ての時代の静的な装飾様式と異なり、アール・ヌーボーは常に動的でありながら、しかも同時に均衡よろしきをえた様式であった。アール・ヌーヴォーもその深い根底においては、充分バランスのとれた調和によって運動を抑えようと試みるのである(図-2.6)。


こうしたアール・ヌーヴォー装飾の性格を更に深く探ってみると、それが時として何かある対象の、表現力豊かな特性を形成していることに、われわれは気づく。このことは、その工芸品としての機能についてもいえるし、またそれ自体が純粋な美的要素であるともいえる。ここでわれわれは、ひとつの象徴的様式としてのアール・ヌーヴォー装飾の意義に近づくことになる。


つまり、この点でアール・ヌーヴォーの最も重要な側面は、第一に形態の構成を強調するその能力であり、次いで対象とその装飾要素をひとつの有機的存在にまとめあげる能力である。つまりアール・ヌーヴォーの狙いは調和と綜合ということになる」(S.T.マドセン『アール・ヌーヴォー』(平凡社、昭和45年)