2012-05-06から1日間の記事一覧

解読できる時もあればできない時もある、何回になるのかこんどの難解サインとの出会い。まるで人生の浮き沈みをうたった演歌のようだが、ファイル名「ふ 不明絵+落款「キンダーブック表4」昭和11年s」として保存したまま手も足も出ないでいる。キンダーブックを探せば名前とサインが記されている別の絵があるかも知れないとは思うのだが、古いキンダーブックは児童書といえども案外高価だ。

本土上陸が間近に迫っている時期に戦意高揚にはならない、かといって叛意を表わしているわけでもない「週刊朝日」(昭和20年2月20日号)の表紙に掲載された版画家・川西英(1894-1965年) の「鍛練」。あえて戦闘場面を避けた画題からは、画家の精一杯の抵抗が感じられる。サインの「英」は分かるが、丸の中の文字はう〜ん、読めない。

翌日、この丸いサインをじっと眺め分析しながらスケッチしていたら、右端の2つの点が気になり、漢字にはこの点が当てはまる文字が見つからなかったが、「で」ならうまく当てはまり、「ひで」と読むことに気がつき無事解明することができた。

「週刊朝日」(昭和20年2月4日号」の表紙絵は、田中佐一郎(1900-1967年)による「突撃」、日本本土への本格的な攻撃開始の足がかりとする硫黄島攻略が始まる時期のもの。週刊誌の表紙がモノクロ印刷なのも戦時中の状況を表わしている。佐一郎は昭和9年、独立美術協会会員となり、昭和7年には渡仏している。昭和13年に従軍画家として中国に赴き、16年にはフィリピン、タイ、ビルマなど東南アジア方面で従軍し戦争記録画を制作した。

高円寺古書市で昭和初期に刊行された雑誌を10冊ほど購入。「セルパン 4月号」(1930[昭和15]年)表紙絵は、1923(大正12)年 渡仏し、藤田嗣治に師事した海老原喜之助(1904-1970年)が描いている。