ここにも漆塗りの本が! 

話をゲテ本に戻そう。漆塗りの表紙『春琴抄』は、さんざん酷評されたが、今回紹介する齋藤昌三『書淫行状記』(書物展望社昭和10年)印刷500部、も漆塗りだが、あまり批判を耳にしていない。
 
「後記」には「今回も型は前二者に似せて、又新菊判にしたのは、世俗の三部作として見たかった、一の茶氣に過ぎない。今後もし新版を上梓する機會があれば、この次からはもつと勝手なものにして見やうと思ふ。」とあり、『書痴の散歩』『書國巡禮記』に続く、昌三本の第三作であり、三部作にしたいので、判型を揃えたようだ。番傘装と蚊帳装、そしてこの漆塗装である。ゲテ本が多い私の書架でも、自己主張の強さはこの3冊に勝る装幀はない。
 
「装幀は純日本趣味を出して見たく、今度は漆塗りを試みて見た。それも單なる漆塗りではなく研出(注:とぎだし)布目塗にして、萬全を期したつもりであるが、果たして出來上がりは如何か。背文字も元來は漆でかくべきを箔押しにしたのは、前記のやうに三部の閉架を考えてのことで、又一つの試みとしてこうしてみた。」と、素材や製作に関する詳しい話は、していない。研出布目塗は、漆塗りの下地に布を張り込んで、その上に漆を塗り、乾燥させてから、サンドペーパーなどで磨いて、模様を出す。画面で赤く見えるのは下に塗った漆の色で、黄土色は上から塗り重ねた物である。サンドペーパーで磨いていくと、布の太い糸の部分が先ず赤く表れてきて、様子を見ながら、赤い色をどの程度見せるかを調整しながら、模様を決めて行く。
 
クルミ表紙の表紙は芯材に何を使っているのかわからないが、先ず背と表紙を組み立ててから、漆塗りをしている。そのため、オモテ表紙、背、ウラ表紙と全体が一つとなって背の継ぎ目がわからないようになっている。私が制作した時は、表紙の漆塗りを完成させてから背でつないで、製本したので、寸法が小さいので作業も楽だったが、真ん中に布があって、素材が違う布も一緒に漆塗りするのは結構手間がかかったのではないだろうか、と推察する。
 
表紙に描かれた肖像画は齋藤の似顔絵だろうか? タイトルの由来を書いた柳田泉の揮毫になる見返しといい、青色で刷のEXLIBRISをあしらった検印紙といい、隅々まで神経が行き届いておしゃれである。