2009-07-21から1日間の記事一覧

三宅克己の洋行の成功がきっかけになり、日本の水彩画家たちはあいついで水彩画の研究のため欧米に渡った。

(*明治三十年六月)三宅克己は先ず、わずかな旅費と自分の水彩画をもってアメリカに渡り、その水彩画によってヨーロッパに渡る資金を得て、ヨーロッパの国々を訪れたのです。三宅画伯の方法が成功しますと吉田博、満谷国四郎、石川寅治、丸山晩霞、河合新蔵…

明治二十二年に、イギリスの本格的な水彩画家が突然日本にやってきた。「そのすばらしい作品は、従来、水彩画というものが油絵を描くための準備だと思っていた人たちに対して、水彩画も油絵と同様、その存在価値を争うべき純粋な芸術作品であることを知らしめたのです。水彩画に対する自覚をあらたにしたことは、日本で純粋な水彩画家という芸術家を当然生み出す契機となり、また画家たちのあいだにもそれを指向するものが多く現れだしたのです。このことが日本における水彩画の隆盛をうながす一つの大きな動機になったことは、否定できない事実なの

「明治二十二年の五月、〈明治美術会〉という美術団体が結成されたちょうどその頃に、イギリス人の著名な水彩画家のアルフレッド・イースト卿SirAlfred East(1849〜1913)が日本に来朝して、京都や奈良を初めとして、日本の各地の風景を写生しました。当時…