古書市で美人の装丁と目めが合い、見つめられ「おうちにつれてって!」とせがまれ、つい、装丁:吉田謙吉、昇曙夢『トルストイ』(三省堂、昭和6年)を購入してしまった。が、読むことはないだろう。函に斜めに配されたタイトル文字の位置や大きさと、字間をうんとあけた小さな著者名との大きさのコントラストなどなが絶妙ですね。


愛しい装丁との出会いというものは、えてしてこういうもので、こうして、装丁にウインクされ胸キュンさせられて購入してしまう本が、私の部屋には山と積まれている。



装丁:吉田謙吉、昇曙夢『トルストイ』(三省堂昭和6年


吉田謙吉は、築地小劇場の舞台装置を手がけるなど舞台美術家として有名だが、関東大震災の後、1923(大正12)年、建築学者今和次郎らとバラック装飾社を設立。震災で荒廃した都市の景観を新しくつくり変え、人々の心を回復させるために、バラックの食堂・カフェ・書店などに、前衛的な壁画や装飾模様を描いて回った。


また、焼け野原となった東京に立ち並ぶトタン作りのバラックを、スケッチブック片手に「路上徘徊」しながら観察スケッチを繰り返し、考現学という新しい分野を開拓。1930(昭和5年7月)「モデルノロヂオ(考現学)」を今和次郎/吉田謙吉共編で春陽堂から出版するなどで知られる。



装丁:吉田謙吉、今和次郎/吉田謙吉共著『モデルノロヂオ(考現学)』(春陽堂昭和5年



装丁:吉田謙吉、今和次郎/吉田謙吉共著『考現学採集』(建設社、昭和6年



装丁で吉田謙吉を有名にしたのは何といっても川端康成『浅草紅団』(先進社、昭和5年)だろう。挿絵を太田三郎が描き、装丁も挿絵もモダンだ。関東大震災以降の変貌する都会風俗を描く川端康成の実験的なルポルタージュ風作品と見事にマッチしたほれぼれするような装丁で、昭和初期の代表的名装丁といってよいだろう。



装丁:吉田謙吉、川端康成『浅草紅団』(先進社、昭和5年



挿絵:太田三郎川端康成『浅草紅団』(先進社、昭和5年


吉田謙吉は私の大好きな装丁家の一人だが、残念ながらあまり吉田装丁本は持っていない。集めにくい装丁家の一人でもある。
貴司山治『ゴーストップ』(中央公論社昭和5年)は、比較的価格も安く集めやすい本でありながら、デザインは昭和初期のモダンさがたっぷり味わえるお勧め本だ。懐具合のいい時に、気っぷよく購入した本より、均一棚でみつけた本や、散々迷ってやっとの思いで購入した本の方が、ずっと愛着がわく。



装丁:吉田謙吉、貴司山治『ゴーストップ』(中央公論社昭和5年



装丁吉田謙吉、金子洋文『飛ぶ唄』(平凡社昭和4年